2026年3月29日 棕櫚の主日礼拝説教「主がお入り用なのです」 東野 尚志 牧師

ゼカリヤ書 第9章9~10節 
マルコによる福音書 第11章1~11節

 2025年度の最後の主の日となりました。今週の水曜日、4月1日から2026年度の歩みが始まります。来週の日曜日は、2026年度最初の主日ということになります。本日の礼拝に引き続いて、教会総会が開かれます。2026年度の活動計画と予算が審議されます。役員の改選が行われます。新しい年度を迎える準備です。来週の日曜日には、礼拝の中で、2026年度の役員の任職式が行われて、新年度の体制が整えられることになります。
 そして、来週、新年度最初の主日礼拝は、主イエス・キリストの復活をお祝いするイースターの礼拝です。ご承知のように、イースターの日付は、毎年動きます。月の満ち欠けを基準にしていた太陰暦を現代の暦に換算すると、3月の終わりから4月の終わりまで、1ヶ月近く動くことになるのです。春分の日の後の最初の満月の次の日曜日がイースターです。今年は、3月20日の春分の日を経て、今週の木曜日が満月になります。その次の日曜日、4月5日がイースターになるわけです。

 教会の暦では、イースターに先立つ一週間を受難週と呼びます。その始まりが、棕櫚の主日です。先ほど朗読した、マルコによる福音書第11章の記事にありますように、この日、主イエスと弟子たちが、エルサレムの都に入られたことを記念します。エルサレムの都は、城壁で囲まれていたので、これを「エルサレム入城」と呼びます。人々は、「ホサナ」と叫んで、主イエスを歓迎しました。その際、「多くの人が自分の上着を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた」とありました。この枝が、ヨハネの福音書では「なつめやしの枝」と記されています。口語訳聖書では「しゅろの枝」と訳されていたので、「棕櫚の主日」と呼ばれるようになりました。現代では、「なつめやし」と「しゅろ」は、同じヤシ科の植物であるけれど別物だと言われます。それでも「棕櫚の主日」という呼び方が定着していますから、今さら「なつめやしの主日」と言い換えるわけにはいかないのだろうと思います。「枝の主日」あたりに落ち着くのでしょうか。

 マルコによる福音書は、第11章の初めに、最初の「棕櫚の主日」の出来事を記しました。そして、15章の終わりにかけて、主イエスの地上のご生涯の最後の一週間の出来事を記して行きます。神の独り子が、エルサレムの神殿にお入りになり、やがて捕らえられ、不当な裁きを受けて十字架に引き渡され、殺され、葬られるまでの一週間の出来事を克明につづっていくのです。まさに激動の一週間です。この一週間の出来事を描くために、マルコは実に、福音書全体の三分の一の分量を当てています。特別な思いをもって、主イエスの地上における最後の一週間の出来事を綴っていくのです。私たちも、今日から受難節の最後の一週間を、受難週として歩んでいくにあたり、マルコの描く受難物語の特徴を、良く押さえておきたいと思います。

 まず第一に、マルコの福音書は、主イエスの最後の一週間を、一日ごとに数えるように日を追いながら、まるで日記をつけているかのように描いています。最初の日曜日から金曜日まで、六日間の中で起こった出来事を、一日一日、はっきりと区切りながら記していくのです。先ほど朗読した第11章の1節は「一行がエルサレムに近づいて」という言葉で始まります。主イエスと弟子たちの一行が、いよいよガリラヤからの旅の目的地、エルサレムの都に入られる特別な日曜日の出来事を記していきます。同じ第11章の12節を見ると「翌日」とあります。ここで日付が変わって、月曜日の出来事が記されるわけです。通常、「宮きよめ」と呼ばれる事件、主イエスが神殿の境内から、商売をしていた人たちを追い出された出来事が記されます。
 さらに、第11章の20節を見ると、「朝早く」と始まります。ここでまた日付が変わっていることが分かります。火曜日の始まりです。主イエスが祭司長、律法学者たちと論争された日、さまざまなたとえや大事な教えを語られた日です。それだけに、この日の出来事を記す分量はかなり多くなります。第11章の後半から丸々第12章と第13章が、火曜日の出来事の記録にあてられているのです。

 その次は、第14章の1節。「さて、過越祭と除酵祭の二日前になった」と始まります。ここから水曜日の記録です。この日はエルサレムに行かずに、ベタニアの村で一日を過ごしておられます。この日、一人の女性が主イエスに高価なナルドの香油を注ぐという忘れがたい出来事が起こりました。主イエスはそれを「前もって私の体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた」と言って受け入れておられます。しかし、それと対比されるように、この同じ日に、十二弟子の一人であるユダが、主イエスを裏切り、祭司長たちに主イエスを引き渡す相談をしたのです。
 第14章の12節の初めに「除酵祭の第一日」という日付が記されます。ここから木曜日の出来事、あのよく知られた最後の晩餐の様子が記されます。食事の後、オリーブ山のゲツセマネの園で祈られたという記事が続きます。そこからは、ユダの手引きによって主イエスが逮捕され、そのままユダヤの法廷に連れて行かれ、夜を徹して取り調べが行われたこと、それに、主イエスの予告通り、ペトロが三度主イエスを知らないと言って裏切ったという記事が続くのです。

 続いて、第15章の1節に「夜が明けるとすぐ」と記されます。ポンティオ・ピラトの裁きによって、主イエスの十字架への引き渡しが決定され、兵士たちに侮辱された挙げ句、十字架につけられるのです。それは、ガリラヤからエルサレムへの旅の途上において、主イエスが何度も予告しておられた通りでした。マルコは、特に、最後の金曜日の出来事を描くに際しては、夜明けから日没まで、三時間ごとに時間を区切るようにして記します。主イエスは午前9時に十字架につけられ、昼の12時になると全地が暗くなってそれが3時まで続いたと言います。そして3時に、主イエスが十字架の上で、大声で叫ばれたことを記します。ついに十字架の上で、最後の息を引き取られ、夕方になって、日が沈んで日付が変わる前に埋葬されるところまでを描くのです。
 その後は、何も記述のない休みの日、安息日の土曜日を挟んで、第16章の1節には「安息日が終わると」と記されます。丁寧に重ねるようにして、16章の2節には、「週の初めの日、朝ごく早く」と記されるのです。マルコは、そのようにして、主イエスの十字架、そして、復活へと続く最後の一週間の出来事を、まるで主イエスの後に付いて行くかのように、一日ずつ区切りながら、大切に記録したのです。

 主イエスは、今から二千年前、その肉における生涯の最後の一週間をエルサレムで過ごされ、十字架にかけられ、死んで葬られました。そして三日目に、墓の中からよみがえられました。もしも、主イエスがよみがえってご自身を現してくださらなかったら、弟子たちは、大事な先生を見捨てて裏切ってしまったという罪の意識を抱えたままで、もとの生活に戻るしかなかったと思います。主の復活を信じ、復活の恵みを宣べ伝える教会は生まれなかったのです。しかし、主はよみがえられました。主の復活の光の中で捕らえ直すことによって、十字架の意味が分かり、主イエスの最後の一週間のもつ意味も正しく受けとめられるようになったのだと思います。
 さらに言えば、最初に書かれた福音書とされるマルコにはありませんけれども、マタイやルカは、主イエスの誕生の場面までも、復活の光の中で捕らえ直して、その大事な意味と救いの光を見出しています。確かに、主イエスがエルサレムに入城されたのは、十字架にかけられる前のこと、復活よりもさらに前のことです。しかし、それを大事な救いの物語の一部として記した福音書記者は、エルサレムに入城される柔和な王の姿に、十字架の贖いと復活の栄光を重ね合わせるようにして、救い主のお姿を描いているのだと思います。私たちも、この福音書記者の証しによって、私たちの救い主のお姿を仰ぎたいのです。

 エルサレム入城の前の日、マルコによる福音書の10章の終わりを見ると、主イエスは、エリコの町で、バルティマイという盲人の目を開いて、見えるようにしておられます。「盲人はすぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った」と記されています。そして、次の日、主イエスとその一行は、バルティマイも一緒に、いよいよエルサレムに近づいて、オリーブ山に面したベトファゲとベタニアの村にさしかかりました。主イエスはそこで、二人の弟子たちを使いに出して、子ろばの用意をさせられた、というのです。実に丁寧に、弟子たちにその手順を指示しておられます。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだ誰も乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい。もし、誰かが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい」。
 まるで、これから起こることをすべて予見しておられるかのように、細かい指示をしておられます。つながれているろばを勝手にほどいて連れてくる、というのも大胆ですが、見とがめた人に対する受け答えの仕方まで教えておられます。誰かに何か言われたら、「主がお入り用なのです」と答えるように、と主は言われました。主イエスがご自身のことを指して、「主」と呼ばれるのは、実はこれが初めてのことです。神の都であるエルサレムに入城するに際して、主イエスはご自身が神の独り子であり、まことの王として立てられていることを、はっきりと現されます。自ら王として、また主として振る舞っておられるのです。神への供え物は初穂でなければならないように、主に用いられるろばも、「まだ誰も乗ったことのない」子どものろばが選ばれました。

 王が凱旋するとき、自分の足で歩いていくことはありません。馬に乗って凱旋します。主イエスは、イスラエルのまことの王として、エルサレムに入城するためにろばをお求めになりました。馬なら立派な鞍をつけることでしょう。ろばの背にそのまま主をお乗せするのは失礼と思ったのかも知れません。主の言いつけ通りにろばを連れてきた二人の弟子は、自分たちの服をその背にかけて、主をお乗せしました。主イエスと一緒に旅をしてきた者たちも、主イエスを迎えた者たちも、まことの王の凱旋を喜び祝いました。都の城壁に続く道の両側に並ぶようにして、あるいは、前を行き、後ろに従いながら、柔和な王の到来を歓迎したのです。多くの人が自分の服を道に敷き、また他の人たちは、野原から葉っぱの付いた枝を切ってきて道に敷いたと言います。歌舞伎役者のための花道のようでもあります。にわか作りのレッドカーペットと言ってよいかもしれません。
 そして、前を行く者も後に従う者も、口々に叫んで言いました。「ホサナ。主の名によって来られる方に 祝福があるように。我らの父ダビデの来るべき国に 祝福があるように。いと高きところにホサナ」。「ホサナ」というのは、ヘブライの言葉で「今お救いください」という意味です。この群衆の叫ぶ声は、詩編の言葉がもとになっていると言われます。先ほど交読した詩編118編の25節以下で歌われていました。「どうか主よ、救ってください。どうか主よ、栄えをもたらしてください。祝福あれ、主の名によって来る人に。私たちは主の家からあなたがたを祝福する」。人々は、主イエスこそ、自分たちを救ってくださるメシア、救い主であると期待したのです。

 主イエスは、「主がお入り用なのです」と言って、自ら、ろばの子をお求めになりました。それには、はっきりとした理由がありました。主イエスの時代から500年も前に、ゼカリヤという預言者が、預言をしていたからです。「娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、喜び叫べ。あなたの王があなたのところに来る。彼は正しき者であって、勝利を得る者。へりくだって、ろばに乗って来る 雌ろばの子、子ろばに乗って。私はエフライムから戦車を エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ この方は諸国民に平和を告げる。その支配は海から海へ 大河から地の果てにまで至る」。その一部を、かつての口語訳聖書はこのように訳していました。「彼は義なる者であって勝利を得、柔和であって、ろばに乗る」。確かに、主イエスは、このゼカリヤの預言を踏まえて、馬ではなく、ろばに乗って凱旋することを求められたのだと思います。国同士の争いや戦いのためならば、敵を蹴散らす猛々しい軍馬が求められるところです。けれども、主イエスの勝利は、悪魔と罪の力に対する勝利であり、自分を低くして仕える愛による勝利です。そのためには、ゼカリヤの預言のように、ろばに乗る柔和な王の姿こそふさわしいのです。
 ろばは背の低い動物です。しかも主がお召しになったのは、子ろばですから背中に乗っても、低くなります。軍馬にまたがった王は、高いところから人々を見下ろし、自分の思いのままに人を支配しようとします。力による支配は、人の上に立つことを求めるのです。トランプさんは、アメリカ・ファーストなんて言うけれど、明らかに自分ファーストです。軍馬にまたがった王のように、みんな見下しています。けれども、主の名によって来られる王は違います。背の低いろばに乗って、私たちと同じ高さになり、いや私たちよりも低くなって、私たちに仕えてくださる王です。ろばは、馬のように駆け抜けることもできません。王が乗る馬は、恐らく、特に足の速い馬、駿馬と呼ばれる馬でしょう。その王に従って行こうと思えば、家来たちも足の速い馬に乗らなければなりません。歩みの遅い者、子どもや女性や老人、また様々な障害を持った人たちはおいて行かれることになります。しかし、ろばに乗る柔和な王は、むしろ、歩みの遅い者たち、弱さを抱えた者たちと一緒に進んでくださるのです。ろばというのは、戦争のためではなく、むしろ日常的な仕事のため、重い荷物を運ぶために用いられる動物です。ろばに乗る王もまた、私たちの罪の重荷を背負ってくださいます。罪が生み出す争いや妬みから私たちを解き放ってく、平和を告げてくださるのです。

 エルサレム入城をもって、主イエスの地上のご生涯の最後の一週間が始まりました。ガリラヤを出られたときから、主はエルサレムを、そして、ゴルゴタを目指して進んで来られたといってよいのだと思います。主イエスはそのために、父なる神のふところから出て、この地上にお出でくださいました。エルサレムに入城される救い主を、人々は歓呼の叫びをもって歓迎しました。しかし、わずか数日後には、その歓呼の声は嘲りの声に変わり、救いを求める叫びは、十字架につけよと叫ぶ声にかき消されてしまいます。恐らく、主イエスによって、目を開いていただいたバルティマイは、その一部始終、この一週間の出来事をつぶさに見つめることになったのだと思います。人々の嘲りの中、十字架を背負って歩まれる主のお姿を見つめながら、十字架に上げられた救い主のお姿を見つめながら、ろばの子に乗ってエルサレムに向かわれた主のお姿を思い起こしたのではないでしょうか。
 そして、そのすべてを、父なる神もまた、じっと見つめておられます。私たちを罪の支配から救い出し、死の力から解き放つために、神さまは、愛する独り子を十字架に引き渡されたのです。私たちが今、主のよみがえりを祝う主の日の礼拝の中で、復活の主の光に照らされながら、受難の物語を読むことができるのは、幸いなことであると思います。十字架の死ですべてが終わるのではありません。十字架の死で、私たちの救いが成し遂げられたからこそ、主はよみがえって、その救いの御手の中に、私たちを迎え入れてくださるのです。

 「主がお入り用なのです」。この言葉と共に、経験もなく、力も弱い小さなろばの子が召され、主のご用のために用いられました。私たちもまた、主の召しを受けて、主の御業のために役立つ者として用いられます。この世的には、能力も足りず、経験も乏しく、欠けに満ちたものであるかも知れません。しかし、そのような私たちを、主がお召しくださり、主が用いてくださいます。一度も人を乗せたことのなかった小さなろばが、十字架への道を行かれる主をお乗せしたように、私たちもまた、主の用のために用いていただきたいと願います。そこに、私たちの生きる意味があります。主を担い、主に担われる歩みの中で、主と共にあるからこそ味わい知る、喜びと祝福が満ちあふれます。
 私たちもこの一週間、私たちの救いのため、一筋に十字架へと進んで行かれる主のお姿を、しっかりと見つめながら、一日一日、御言葉を味わい、祈りを深めて、主のあとに従って行きたいと思います。