2026年4月5日 復活主日礼拝説教「主は復活された、ハレルヤ」 東野 尚志 牧師

詩編 第30編1~13節
マルコによる福音書 第16章1~8節

 主イエス・キリストのご復活を記念し、喜び祝うイースターを迎えました。受難節が終わり、復活節に入りました。復活節というのは、一年の内で、一番晴れやかな喜びに包まれる季節ではないかと思います。日本では、クリスマスのお祝いの方が、よく知られています。確かに、クリスマス、降誕節もまた喜びの季節です。赤ちゃんイエスさまの誕生を喜び祝います。けれども、クリスマスにはすでに、主のご受難の生涯の始まりという意味合いが含まれます。貧しい飼い葉桶は、やがて来る十字架を指し示すしるしとなります。そして、年が明けてしばらくすると、受難節が始まるのです。受難節は文字通り、主のご受難、そのみ苦しみの歩みをたどる嘆きの時です。主イエスが捕らえられ、裁かれ、十字架にかけられ、殺された。その深い悲しみを心に覚えて、祈り深く歩みます。イースターに先立つ一週間、私たちは受難週を過ごしました。しかし、一夜明けて、復活日の朝を迎えると、はじけるような喜びに満たされます。代々の教会は、イースターの朝、喜びをもって歌い交わしました。「キリストは復活された」、「まことに復活された」。「ハレルヤ、主はよみがえりぬ」。死の力が打ち破られ、復活の命の光が輝き出たのです。
 ところが、この朝与えられたマルコによる福音書の復活物語を読むとき、私たちは少なからず、戸惑いを覚えるのではないかと思います。ここには、喜びも賛美も描かれていません。ここに描かれているのは、驚きと震え上がるような恐れです。結びの8節にはこうあります。「彼女たちは、墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、誰にも何も言わなかった。恐ろしかったからである」。これが、この福音書の復活物語の結びです。それだけではなくて、実はこの言葉は、マルコによる福音書全体の結びの言葉でもあります。確かに、聖書を開いて見てみると、さらに9節から20節まで、続きの話が記されています。けれども、その全体が、括弧でくくられています。これは明らかに、最初にマルコの福音書が書かれたときには、無かった部分であると考えられています。後の教会によってあとから書き加えられた「結びの言葉」なのです。そのいきさつは、容易に想像できます。この福音書を読んだ教会は、「恐ろしかったからである」という言葉の後に、まだ続きが必要だと考えたのです。8節までで明らかにされているのは、主イエスのお体が納められた墓が空っぽになっていた、という事実に過ぎないのです。
 確かに、天の御使いと思われる若者が現れて、主の復活を告げています。けれども、復活された主イエスご自身が弟子たちに現れてくださった、という大事な出来事の報告が欠けているのです。復活者の顕現、現れを全く記さないままに、唐突に福音書が閉じられてしまった。そういう印象を拭えません。特に、困ったことがあります。墓の中に入った婦人たちは、そこで、主の使いから大事な務めを託されました。弟子たちとペトロに主の復活を知らせるように、と命じられたのです。さらに、復活された主イエスとお会いすることのできる場所まで指示されています。ところが、8節によれば、婦人たちは、墓から逃げ去って、誰にも何も言わなかった、というところで終わるわけです。現実には、これで終わったはずはありません。やがて正気を取り戻し、気持ちが落ち着いたとき、婦人たちは、命じられたことを弟子たちとペトロに伝えたに違いないのです。そこまで書かなければ落ち着かない。そういう気持ちが働いたのではないかと思います。しかしそうであるならばなおさら、本来の福音書が、唐突に閉じられてしまった、ということを、私たちはどのように受けとめればよいのでしょうか。実は、そこに、み言葉自身の私たちに対する大事な問いかけが含まれているのではないかと思います。

 マルコの告げる復活の物語は、「安息日が終わると」という言葉から始まります。ユダヤの暦では、日没とともに日付が変わります。だからこそ、安息日前日の夕方、今日の言い方では金曜日の夕方、主イエスの遺体は慌ただしく葬られたのです。日が沈むと共に安息日が始まります。安息日には一切仕事をしてはならない、という厳しい掟がありました。葬りという仕事もできなくなります。主イエスのお体を慌ただしく墓の中に納めた後、日没とともに始まった安息日を丸一日休んで、土曜日の日没を待ちかねたように、婦人たちは行動を開始しました。恐らく安息日が終わると、夜の間に、それまで閉まっていたお店も開いたのだと思われます。マグダラのマリアとヤコブの母マリアとサロメとは、もう暗くなった中を、町へ出て香料を買い求めたのです。
 ここに名前が挙がっている婦人たちは、主イエスが十字架につけられた場面でも、遠くから見守っていた者たちとして名前が記されています。さらに、二人のマリアは、主イエスの埋葬の場面でも葬りの場所を見届けた者たちとして、名を記されているのです。十二人の弟子たちの名前は一つも出てきません。男の弟子たちが皆、主を見捨てて逃げ去ってしまったところで、ガリラヤからずっと従ってきた婦人たちが、主の最期を見届けたのです。一部始終を見届けながら、気持ちが収まらなかったに違いありません。自分たちは手出しすることもできず、ただ見ているしかありませんでした。主イエスの遺体を拭き清めることもできず、死の臭いを抑えるための香料を塗り込むこともできずに、埋葬は終わってしまいました。それで、安息日が終わるのを待ち兼ねたように、町へ出て香料を買い求め、週の初めの日の朝ごく早く、日の出とともに墓へ急いだのです。

 婦人たちは、まだ薄暗い中、主イエスに対する深い愛に突き動かされるようにして道を急ぎました。それは尊いことです。しかしそれは何のためだったでしょうか。もはや動かない死体として、墓の中に横たえられたままであるはずの、死んだ主イエスにお仕えするためでした。いわば葬りの仕上げをするために出かけたと言えます。私たち人間が求めることと神さまがなさることとの間にはいつも大きなずれがあると言ってよいのかもしれません。すれ違いが起こります。確かに、主イエスの死体に手を尽くすためであれば、遅くなって間に合わないということはありません。時間がたてば腐敗が進むという問題はあるにしても、遺体そのものは置かれた場所にそのまま動かずにあるはずなのです。けれども、主イエスは、死の中に留まってはおられませんでした。朝ごく早く駆けつけた婦人たちよりも先に、主は復活しておられたのです。
 黙々と墓へ急ぐ婦人たちの姿は、復活以前に生きる者の姿を象徴しています。それはどんなに愛に満ち、美しい行為であったとしても、的外れになってしまいます。もちろん、それで婦人たちの思いと行いが空しくされてしまうわけではありません。墓へ出かけて行こうとも思わなかった男の弟子たちが口を挟むことはできません。いやむしろ、その動機は間違っていたとしても、勇気を出して墓まで出かけた者たちがいたからこそ、墓が空っぽであったという事実が明らかにされました。十字架の死と埋葬を見届け、墓へと出かけて行った婦人たちこそは、最初の復活の証人となるにふさわしい者たちであったと言ってよいのです。

 婦人たちは、喜びとは程遠いところで、伏し目がちに墓へと急いでいました。日の出の頃といっても、まだあたりは薄暗かったはずです。足元が危なくてうつむき加減になりました。もちろん、それだけではなかったはずです。大切な主イエスを失ったことに対する悲しみが、心をふさいでいました。婦人たちの心にかかっていたのは、「誰が墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」ということでした。心も体もうつむき加減になっていたに違いありません。しかしながら、うつむいていた婦人たちが、目を上げて、仰ぎ見るときが来ます。うつむいていたらいつまでも分かりません。しかし目を上げたとき、初めて神の御業が見えるようになります。
 婦人たちが目を上げて見ると、墓の入り口をふさいでいたあの大きな石は、既に転がしてありました。そして墓の中に入ると、真っ白な衣を着た若者が右手に座っているのが見えたのです。婦人たちはびっくりしました。もしかすると、幽霊か何かのように思ったのかもしれません。ひどく驚いたのです。若者は、驚く婦人たちに向かって言いました。「驚くことはない。十字架につけられたナザレのイエスを捜しているのだろうが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である」。天の御使いと思われる若者は、主イエスのお体が納められた場所を示しながら、そこが空っぽになっていることを告げるのです。それは、誰かが先にやって来て、こっそり遺体を盗み出していったからではありません。主は復活なさったから、もはや死の中に留まってはおられないのです。墓の中から出て行かれたのです。

 婦人たちは、墓へ向かう道々、話し合っていました。「誰が墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」。原文には、「私たちに」という小さな言葉が記されています。誰が、私たちのために、墓の入り口からあの石を転がしてくれるだろうか、と問うたのです。けれども、墓の入り口をふさいでいた石は、婦人たちのために取り除けられたのではありません。生きている者たちが死んだ人を訪ねて墓の中に入るために、障害物が取り除かれ、道が開かれた、ということではありませんでした。そうではなくて、死の中からよみがえられたキリストが墓から出て行かれるとき、復活者の歩みを妨げるものは何もなくなったのです。死んだ者を死の中につなぎとめる墓石は、復活の主の前に無力なものとなり、転がされてしまったのです。
 そうであるならば、私たちは、墓の外側からではなくて、墓の内側から見なければならないのだと思います。私たちは、自分自身は墓の外にいるつもりです。けれども、死がすべての終わりであると思い込み、墓が人生の終着点だと信じ込んでいるならば、私たちの人生は死の力に捕らえられており、墓から自由になることはありません。ところが、主イエスは、私たちに先立って、墓の暗闇の中から出て行かれました。私たちを墓の中に閉じ込めようとする死の力を打ち破られたのです。私たちは、主イエスの死という過去に留まっていてはなりません。私たちに先立たれる主に従って、復活の先へと進んでいかなくてはならないのです。

 主の御使いは、さらに婦人たちに語りかけます。「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる。』」。「弟子たちとペトロに」という言い方が、心に留まります。弟子たちとペトロは並列しているわけではありません。本来ならば、ペトロも弟子たちの中に含まれているはずです。しかし、御使いは、「弟子たちに」と言った後、急いで付け加えるように、「そしてとりわけあのペトロに」と言ったのです。「あのペトロ」です。主イエスが捕らえられた後、裁きが行われている屋敷の中庭で、ペトロは三度、主を知らないと言いました。愛してやまなかった主イエスとの関わりを自分の口で否定してしまいました。恐らく誰よりも深く傷つき、失意のどん底にいたのだと思います。そのペトロにも、主の復活を知らせよ、再び主イエスとお目にかかれることを知らせてやりなさい、と御使いは言うのです。
 「弟子たちに、そしてペトロにも」。それは、ペトロだけのことではないと思います。ペトロとは全く違う道をたどって主イエス・キリストの弟子となった使徒パウロもまた、同じ思いを抱いていたのではないでしょうか。コリントの教会に宛てた手紙の中で、使徒パウロは、自分が受け継いだ福音の言葉を、最も大切なこととして描きます。主キリストの死と葬り、復活と顕現を書き記すのです。復活された主キリストは、最初にケファ、すなわちペトロに現れ、それから、十二人に現れ、その後、五百人以上のきょうだいたちに同時に現れ、次いで、ヤコブに現れ、それからすべての使徒たちに現れたと記しています。それに続けてこう記しました。「そして最後に、月足らずで生まれたような私にまで現れました」。かつて主の教会を迫害した経歴をもつパウロは、自分自身を、「使徒たちの中では最も小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です」と告白します。(1コリント15章8~9節)。しかし、主はその自分にまでも現れてくださった、と語るのです。
 復活された主イエス・キリストは、ペトロにも、そしてパウロにも、さらには、私たちにも現れてくださいました。弟子の群れの中からこぼれ落ちそうになっている小さな私たちにも、主は目を留めていてくださいます。主の復活の勝利を知らされておりながら、なおも繰り返して、罪と死の力の中に引き戻されそうになる私たち、言葉と行いにおいて繰り返し主イエスを裏切り、教会から離れて孤独を感じてしまう私たちに、主は心をかけていてくださいます。そして、私たちの名を呼びながら「この者にも」と言ってとりなし続けてくださるのです。そのようにして、私たちをも、罪の赦しと新しい命の恵みの中に招き入れてくださり、主は私たちと出会おうとされるのです。

 復活されたキリストは、墓の中にはおられませんでした。御使いは、ガリラヤでお会いできる、と告げています。確かに、主イエスは、捕らえられる前、オリーブ山で、あらかじめ弟子たちに約束しておられました。「しかし、私は復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」(マルコ14章28節)。かねて言われた約束の通りに、主イエスはガリラヤへ行かれるというのです。当時のガリラヤは、神の都エルサレムから遠く離れた辺境の地でした。しかし、まさにこのガリラヤから主イエスの宣教は始まりました。そのガリラヤで、弟子たちは、復活の主、栄光の主とお会いすると約束されたのです。なぜそれはエルサレムではなくて、ガリラヤだったのでしょうか。ガリラヤは、弟子たちにとって、生まれ育ったふるさとです。ペトロもヨハネもヤコブも、かつてはガリラヤの湖で魚を獲る漁師でした。主イエスを見捨てて逃げてしまった弟子たちは、恐らく、行くあてもなく、故郷に帰って以前の職業に戻ろうとしていたのかもしれません。それしか考えられなかったのでしょう。主イエスは、そのことがよく分かっておられたに違いありません。だからこそ、「あなたがたより先にガリラヤへ行く」と言われたのです。主イエスは、弟子たちが戻ろうとしているガリラヤに先回りして、そこで弟子たちと出会うために、待っていてくださるのです。
 かつてガリラヤで主イエスとお会いし、主イエスによって名を呼ばれ、主の弟子として召されたように、もう一度、ガリラヤから新しく始めることができる。自分たちの日常の生活が営まれる場所で、再び主とお会いするのです。私たちは、どこか特別な場所に巡礼に出かけて、復活者を捜し求めなければならない、というのではありません。どこか特別な聖所に、ありし日の主イエスが記念されているというのではありません。主は死人の中から復活されました。主が復活されたということは、主は今も生きておられるということです。主は今も、生きて、私たちと共にいてくださるということです。主は生きておられます。主の日の礼拝において、御言葉の説教と聖餐の食卓において、ご自身を現してくださる主イエスは、また私たちの日常の中に、先回りするようにして出かけてくださいます。そして、私たちの日々の歩みの中で、私たちと出会おうと待っていてくださるのです。

 婦人たちの恐れと沈黙で結ばれる物語は、本当の意味で完結しているとは言えません。この終わりは本当の終わりではないのです。物語の結末はこれを読んでいる者たちに投げかけられている、と言ってよいかもしれません。私たちの決断が求められているのです。しかし、そこで私たちがどのような決断をするとしても、そこで私たちが思い描く終わりの中に、生きておられる主を閉じ込めておくことはできません。主イエスは、いつも私たちより先を行かれます。そして、いつも私たちを待っていてくださるのです。私たちのガリラヤに、主ご自身が先回りをしていてくださる。私たちは、驚きと恐れの中から、主と出会う喜びへと招かれているのです。主は罪と死の力を打ち破って、復活されました。主のもとに招かれて、恐れを突き抜けていく喜びを分かち合いながら、力強く告白、宣言したいと思います。
 「キリストは復活された」。「まことに復活された」。ハレルヤ。