2026年3月1日 受難節第2主日礼拝説教「群れの模範として生きる」 東野 尚志牧師

エゼキエル書 第34章11~16節
ペトロの手紙一 第5章1~7節

 主の日の礼拝において、ペトロの手紙を読み続けてきました。新約聖書の中で、比較的短い手紙のひとつです。今日を入れると、あと3回で読み終えることになります。皆さんは、この手紙の内容をどんなふうに受けとめてこられたでしょうか。この手紙の著者とされるペトロは、主イエスと出会って、主に従う弟子となる前は、ガリラヤの海で漁をして暮らしていました。生まれながらの漁師です。高名なユダヤ教の教師のもとで徹底的に律法を学んだパウロとは違います。信仰の教えを体系的にまとめるような文書を書くつもりはありませんでしたし、恐らく、書くこともできなかったと思います。むしろ、日々、祈りに覚えている教会の仲間たちの、具体的な日々の信仰の歩みに寄り添うようにして、実践的な教えを説いている、そういう性格の強い手紙であったのではないかと思います。

 もちろん、二千年前、この手紙が書かれた当時と今では、社会の仕組みや政治の体制も大きく異なります。けれども、洗礼を受けて、新しく神の民の一員として歩み始めようとする者たちに必要な導きや励ましには、通じるものがたくさんあったのではないでしょうか。生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない乳、神の言葉という霊的な乳を慕い求めなさい、と勧めました。肉の糧だけではなくて、霊の糧によって成長し続けるようにと教えました。しかも、その成長は、一人ひとりが生ける石、生きた石として、共に霊的な家へと造り上げられることの中でこそ与えられるのだと説きました。あるいは、この地上において、私たちは仮住まいをしているのだ、と説きながら、終わりの日を目指して歩む旅人として、思慮深く振る舞い、身を慎んで、よく祈りなさい、と勧めました。
 さらにはまた、具体的に、奴隷の身分にある者に対して、また、奴隷の主人である者に対して、キリストに結ばれた者としてのふさわしい交わりの作り方を説きました。妻たちに、夫たちに語りかける言葉も記されました。信仰を持たない相手であっても、主に従うように夫に従う生き方をもって、信仰の証しに生きることを説きました。救いの恵みを受け継ぐ者として、尊敬をもって共に生きるようにと教えました。そして、いよいよ、手紙の終わりにさしかかります。ペトロは、改めて、教会の交わり全体の姿を思い起こして、祈りに覚えながら、長老たちに、また若い人たちに語りかけようとするのです。ペトロ自身、まだ若い壮年のときに、主イエスの召しを受けて、漁師としての仕事を捨てて、主に従った人です。そのペトロが、今や自分も長老と呼ばれる年齢になり、教会を導いていく責任を負う者として、心を込めて、教会の仲間たちに語りかけるのです。

 ペトロは言います。「私は長老の一人として、また、キリストの受難の証人、やがて現れる栄光にあずかる者として、あなたがたのうちの長老たちに勧めます」(5章1節)。主イエス・キリストから託された務めを正しく受け止め、教会をキリストの体として形成していくために、長老制度という仕組みを採用している教会があります。長老教会、長老主義教会などと呼ばれます。そこでは、いわゆる教会の「役員」のことを「長老」と呼びます。「長老」というと、独特な響きを持っています。年老いた者というだけの意味ではありません。年の若い長老が立てられることもあります。もちろん、ペトロの時代には、まだそのような教会の仕組みや制度が確立していたわけではないと思われます。今日の聖書箇所の後半を見ると、5節には「同じように、若い人たち、長老たちに従いなさい」と告げられています。実際に、教会の交わりの中の、年老いた者たちと若い人たちの関係を視野に入れながら勧めているのです。
 しかしまた、やがて教会の歴史の中で、教会に託された大事な務めを担う人が、「長老」という名前で呼ばれるようになって行ったということ。そのことの意味も受けとめておく必要があると思います。教会の中で、群れを導くという大事な役割を担ってきたのは、やはり若い者たちではなくて、実際に年配の「長老」と呼ばれる人たちでした。それが、次第に教会の制度としても定着していったわけです。長老制度の教会ではない私たちの教会では、「役員」という呼び名を用いていますけれど、かつて、長老がいないわけではありませんでした。滝野川教会の七十五年史や百年史の内容を、中心になってお書きになった秋山操さんは、誰もが認める長老格の存在だったのではないでしょうか。実際、私が滝野川教会の神学生だった頃、もう40年ほど前のことですけれど、秋山さんは秋山長老と呼ばれていたと思います。その存在と言葉には重みがあり、教会の仲間たちから信頼されていました。

 そういうわけですから、今日の御言葉の前半の部分は、ただ年老いた者たちへの勧めということではないと思います。やはり、教会の牧師や役員といった務めに召された者たちへの勧めの言葉として、大事な響きを持っています。その勧めの具体的な内容が、続けて語られます。「あなたがたに委ねられている、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。恥ずべき利得のためにではなく、本心から、そうしなさい」(5章2節)。羊の群れを牧する。羊たちを草のある場所や水辺に導いて、日々、命を育む務めです。羊たちの命の世話をする、それが羊飼いの務めです。時には、羊を襲いに来る獣から、委ねられた羊を守らなければなりません。体を張って羊の命を守るのです。ペトロが、羊飼いの話をするとき、イエスさまの言葉を思い起こしていたに違いありません。主イエスは言われました。「私は良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(ヨハネ10章11節)。主イエスは、その言葉どおり、私たちすべての羊のためにご自分の命を捨ててくださいました。ご自分の命を犠牲にして、私たちを救ってくださったのです。ペトロにとって、羊の群れを牧する務めは、何よりも、主イエス・キリストご自身と結びついていました。
 そして、ペトロには、もう一つ、忘れられない言葉がありました。それは、十字架にかかって、羊のために命を捨てられた主イエスが、復活して弟子たちの前に現れて、ペトロに語られた言葉です。エルサレムで弟子たちに現れた主イエスは、ペトロの故郷であるガリラヤの海辺でも、ペトロの前に現れてくださいました。そして、ペトロにお命じになりました。「私の小羊を飼いなさい」。「私の羊の世話をしなさい」。「私の羊を飼いなさい」。三度も重ねて、しっかり確認するように語られました。大牧者である主イエスが、改めて、ペトロに羊飼い、牧者としての務めを委ねられたのです。そのときのやり取りは、ヨハネによる福音書の21章に記されています。

 ガリラヤ湖で漁を終えた弟子たちの朝の食事の場面でした。食事が終わると、主イエスはペトロに言われました。「ヨハネの子シモン、あなたはこの人たち以上に私を愛しているか」。ペトロは答えます。「はい、主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存じです」。それに対して、主は言われました。「私の小羊を飼いなさい」。さらに二度目に主は言われます。「ヨハネの子シモン、私を愛しているか」。ペトロが、「はい、主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存じです」、先ほどと同じ言葉で答えると主は言われました。「私の羊の世話をしなさい」。そして三度目に主はペトロに言われました。「ヨハネの子シモン、私を愛しているか」。ペトロは、主イエスが三度も「私を愛しているか」と問われたので、悲しくなって答えます。「主よ、あなたは何もかもご存じです。私があなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます」。すると主はまた言われました。「私の羊を飼いなさい」。主イエスはなぜ、三度も愛を問われたのか。そこには大事な意味がありました。
 主イエスが祈りの場所であった園で捕らえられ、大祭司の屋敷に連れて行かれて裁かれていたとき、ペトロはこっそり中庭に忍び込んでいました。そこでペトロは、捕らえられた主イエスの仲間ではないかと疑われて、と咄嗟に「違う」と否定しました。違う、そうではない、関係ない。ペトロは三度にわたって、主イエスとの関係を否定しました。主イエスを愛している主の弟子であることを否定したのです。主イエスは、ピラトに引き渡され、十字架刑が言い渡された。主イエスを裏切ったのはユダだけではありませんでした。ペトロもまた、主の愛を裏切り、三度も主の弟子であることを自ら否定したのです。主イエスが十字架への向かって行かれる、その肝心な場面で、ペトロは、主イエスに従って行くことができませんでした。主イエスの信頼を裏切ってしまいました。どれほど深い挫折を味わったことでしょうか。けれども、主は、ペトロを決してお見捨てにはなりません。よみがえられた主イエスは、ペトロの三度の裏切りを上塗りするように、三度、愛を問われました。そして、三度繰り返して、主イエスの羊を飼う、羊飼いの務めを託されたのです。主イエスは、ペトロの裏切りを上書きして、主を愛する者として立て直してくださいました。ペトロを信頼して、ご自分の羊を養い導く、牧者の務めを委ねられたのです。主イエスを愛しているがゆえに、主イエスの羊を養い、羊のために命を捨てる牧者として、ペトロは再び立てられたのです。

 ペトロは、主イエスの信頼に支えられて、主イエスに対する愛を貫いて、さまざまな妨害や迫害を受けながらも、長く主の羊たちの世話をしてきました。羊の群れである教会に長く仕えてきました。そして、晩年を迎えたペトロが、教会の長老たちに語りかけるのです。「私は長老の一人として、また、キリストの受難の証人、やがて現れる栄光にあずかる者として、あなたがたのうちの長老たちに勧めます。あなたがたに委ねられている、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。恥ずべき利得のためにではなく、本心から、そうしなさい」。主イエスと出会ってから、何度も、失敗し、挫折を味わいながら、それでも、何度も立ち上がって、教会のために仕えてきたのは、主が委ねてくださったからです。勢いだけはあるけれども、頼りない存在でしかなかったペトロを、主イエスが捕らえてくださり、召し出してくださり、用いてくださったからです。主の信頼のまなざしに支えられて、主イエスの羊の群れの世話をしてきました。そして、その大事な務めが、あとに続く長老たちにも委ねられて、主イエスご自身の業が引き続き、担われていくのです。
 「強制されてではなく」と言われます。教会の中ではしばしば、「強いられた恩寵」という言葉が使われてきました。自分で望んだわけではない、本当はやりたくなかったけれども、強いられて負わされた重荷が、後には大きな実りをもたらし、実は神さまの恵みであったことに気づくということがあるのだと思います。何かの奉仕や役割を求められたときに、強いられた恩寵として受けると言います。けれども、それが恩寵、恵みであるならば、強いられていやいやというのではなくて、神の御心による召しとして進んで担いなさい、とペトロは言うのです。さらに、「恥ずべき利得のためにではなく」と言われます。利害関係や損得判断で受けるのではなく、神に喜んでいただく務めとして、自らも本心から喜んで担いなさい、と教えます。そして、もう一つ、「割り当てられた人々を支配しようとせず、むしろ、群れの模範になりなさい」と言うのです。

 「群れの模範になりなさい」。この言葉を受けて、今日の説教題を付けました。「群れの模範として生きる」。このことについては、皆さんにお詫びをしなければなりません。実は、先週の週報の予告では、「群れの規範として生きる」となっていました。私は全然そのことに気がつかずに、当たり前のように、自分の頭の中で勝手に変換して、「群れの模範として生きる」と読んでいました。教会の外の看板も、「群れの規範として生きる」となっていたのに、全く気づきませんでした。昨日、気づいた事務の方が、全部、直してくださったのです。お手数をかけてしまいました。一番先に気がつかなければならない私が、本当にうっかりしておりました。一週間、外の看板には「群れの規範として生きる」という説教題が掲げられていました。私自身は、何度も目にしておりながら、「模範」と読んでしまっていたのです。指摘されて、改めて、見直してみたら、確かに、「規範」と書いてあって、びっくりしました。
 このことを思い巡らしながら、考えました。これは、神さまからの問いかけであったのかもしれない。そう感じたのです。「模範」と「規範」、漢字も似ていて、見過ごしそうです。でも、その意味するところは似ているようで違います。「規範」というのは、守るべきルールや行動の基準を示します。一方、「模範」というのは、見倣うべきお手本、真似すべき型のようなものです。初めて習字をするときに、うっすらと書かれたお手本の上をなぞるようにして書いたりします。まさにお手本というのが、分かりやすいでしょう。真似すればよいのです。神さまが求めておられるのは、「群れの模範になる」ということです。それなのに、私自身は、「規範」を示していたのではないか。自らを問わざるを得ませんでした。
 神学校で学んでいたとき、ある先生が、君たちは、パウロのように、「私に倣いなさい」ということを言えなければならない、と言われました。そんな傲慢な言い方はできない、と言い訳して、私ではなくキリストにならってください、私を見ないでイエスさまを見てください、そう言いたくなる。でも、お祈りができなくて悩んでいる人がいれば、さあ、私のように祈ってごらん、そう言って、祈りのお手本を示してあげる、救いが分からないと言う人がいれば、私のように生きてごらん、そうすれば、神さまの恵みが分かるようになる、そう言えなければならない、と教えられたのです。でも、私自身は今もなお、自分自身の生き方を、救われた者のお手本のように示すことができずに、「模範」ではなく「規範」を語っているだけではないのか。深く、反省させられました。私たちは、見本とか、手本とかいう言葉に怖じ気づいてはならないのだと思います。そういう意味では、牧師だけではありません。役員だけの話でもありません。私たちはお互いに、主イエスを信じている者の生き方、主に信頼している者の祈り方、主に従う者の歩み方を、学びあってよいのではないかと思うのです。

 それでもなお、教会の中で、年を重ねた者たちが、長老として重んじられてきたことの意味も大切に受けとめる必要があると思います。それは、ただ単に長く生きてきたから、人生経験が豊富だというだけではないと思います。むしろ、その経験の質が問われなければならないのだと思います。ある人が言います。「教会において老人が重んじられるのは、何と言っても、神がなさることについて多くの経験をもっているからだ」。ただ単に人生経験が長いというだけではないのです。人生経験から来るいわゆる世間的な知恵に長けていると言うだけではありません。それよりもむしろ、神がどのようになさるか、神のなさり方について、多くの経験をもっているということが大事だと言うのです。そして、第二に、この世の本質について多く学んでいること、と言います。これは決して、この世の営みを嫌って、世捨て人になるということではありません。しかし、欲望をぎらぎらさせて、何でも自分の思い通りにしようとするのではなくて、世と世の欲とは過ぎ去ることを学んで知っているということです。この世の価値に捕らわれないということです。そして、第三、それだけ、一層、神を慕い求めることを学んだということ。つまりそこで大事なのは、信仰をもって老いていくということの中で、まことの、神に対する謙遜を身につける、ということなのだと思います。
 若いときには、自分の力を頼みにして突っ走ることがあります。そこでは、神の力や、神のなさり方は本当には見えてきません。けれども、人生の歩みの中で、試練に直面し、挫折をも味わい、「自分が」、ではなくて、「神が」、という大きな転換を学び取る。そこに、信仰の経験から生み出される謙遜が宿るのだと思います。そして、私たちは、神に対して謙遜になるとき、初めて、本当の意味で、人に対しても謙遜になることを学ぶのではないでしょうか。だから、ペトロは、若い人たちに対して、長老に従うようにと命じたすぐあとに、「皆互いに謙遜を身に着けなさい」と勧めるのです。長老たちは、経験に物を言わせて権威を振り回すのではなくて、自ら進んで献身的に、教会に仕える謙遜さに生きる。そして若い人たちもまた、そのような長老たちの神に対する謙遜な生き方に学んで、教会の年老いた者たちを敬い、その指導に従う。そこには、年齢の違いを超えて、主イエス・キリストのお姿が浮かび上がります。腰に手ぬぐいを下げて、弟子たちの前にひざまずき、その足を洗っていかれた主イエスのお姿、身をもって仕えることを示してくださった主のお姿です。それは、実際に足を洗っていただいたペトロにとって、忘れがたい主の模範でした。ペトロは、私たちの罪を覆うために、へりくだって、私たちにさえ仕えてくださった謙遜な主人のお姿を指差しながら、年老いた者も、若い者も、男も、女も、奴隷も主人も、互いに謙遜を学ぶようにと教えるのです。

 私たちが本当に謙遜を学ぶ場所。それは、礼拝ではないかと思います。年老いた信仰者たちは、この地上において、神のなさり方を学びつつ、礼拝を重ねてきました。さまざまな誘惑と戦いながら、この世の不条理にも耐えながら、まことに神を神とする歩みを形作ってきたのです。その歩みが尊いのだと思います。私たちも今、そのような先人たちの歩みに連なって、礼拝の中にしっかりと立ち、御言葉に導かれ、聖餐に養われて、心に刻みたいと思います。神が私たちのことを心にかけていてくださるのです。だから、私たちは、あらゆる思い煩いから解き放たれて、支配欲からも解放されて、互いに謙遜な交わりを造ることができます。私たちの間にお立ちくださる、ただ一人の主のお姿を、共に仰ぎ見て、すべてを主の御手にお委ねしたいと思います。