2026年2月15日 主日礼拝説教「私たちの帰る家」 東野 ひかり牧師

ルカによる福音書 第2章39~52節
詩編 第84編1~13節

 先ほどは、讃美歌122番「主イエス・キリスト 生涯」と表題がつけられています讃美歌を共に歌いました。主イエスの幼き日、ナザレでお育ちになり、その若き日を大工のヨセフの息子として、「貧しく低き木工(たくみ)として」過ごされた日々を思い歌う、美しい讃美歌でした。この歌が歌いますとおり、主イエスは、その幼き日・若き日を、ナザレの村で、ヨセフとマリアの両親のもとに過ごされました。
 そのように申しますと、聖書の福音書・主イエスのご生涯を伝える書物の中には、主イエスの幼少時代のエピソードがいくつか書かれているのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。けれど、福音書が伝える主イエスの幼少期のエピソードは、今日読みましたものただ一つです。もしかすると皆さまの中には、福音書というのは、イエスさまの伝記のようなものだと思っておられる方もいらっしゃるかもしれません。確かに福音書は、主イエス・キリストのご生涯を伝えます。しかし伝記であれば、その誕生から、幼少期、青年期と、その成長の過程を追って記していくものでしょう。ルカとマタイの福音書は、その誕生から記していますが、マルコとヨハネの福音書には、主イエスの誕生物語はありません。その意味では、福音書は主イエスの伝記とは言えません。福音書は、いわゆる伝記とは違います。主イエス・キリストによってもたらされた「福音=良い知らせ」を伝える書物です。そのような福音書の中で、ただ一つ伝えられている主イエスの幼少期の物語が、今日読みましたものなのです。そう思って改めて今日の物語を読んでみますと、どうしてルカ福音書は、主イエスの幼少期の唯一のエピソードとして、今日のこの話を記したのでしょう、と思います。

 聖書の外典と呼ばれる、古い時代の教会の文書の中には、少年イエスが奇跡を起こす霊的な力を持っていたというような、主イエスの幼少期のことを記したものもあります。ルカも、そういった伝承を知っていたかもしれません。私たちも、幼い日のイエスさまはどんな子どもだったのだろう、10代のイエスさま、20代のイエスさまは、どんな青年だったのだろうと、興味がわきます。
 セルマ・ラーゲルレーヴという、スウェーデンの作家(『ニルスの不思議な旅』の作者)が、『キリスト伝説集』というとてもすてきな小さな本を書いています。この本の中には、外典の伝承に基づくような、主イエスの幼少期の物語「ナザレの里」という物語があります。そして今日の聖書の箇所を基にした「神の宮」という物語もあります。それらを読みますと、主イエスは巻き毛の美しい少年だったというように記されていたりします。子どもの頃のお友だちには、ユダちゃんという子がいたとか、興味深いお話が記されます。そして幼き主イエスは、不思議な力で奇跡を起こされるのです。
 けれどもルカは、その福音書の中に、幼い頃から不思議な力を持っていた特別な少年イエスの姿を記すことはしませんでした。ただ、主イエス12歳の時のエルサレム神殿への巡礼の旅と神殿での主イエスの様子、「イエスがいなくなった」と必死に捜した両親の様子、母マリアと主イエスとのやり取りを記し、主イエスはまたナザレにお戻りになって、30歳までナザレで過ごされた、そういうことが、記されているだけなのです。このイエスさまの唯一の少年期のエピソードが、一体に何を私たちに伝えているのか、今朝はご一緒にたどってみたいと思います。

 ナザレの村で、主イエスは、律法を忠実に守る信仰深い両親のもとにお育ちになりました。ルカとそしてマタイの福音書が伝えています主イエス誕生の出来事、クリスマスの出来事は、母マリアは、聖霊によって神のみ子である主イエスを身ごもり、父ヨセフは苦悩の末にいいなずけのマリアの妊娠を受け入れたことを伝えています。この若い夫婦は、いわば神さまから、神さまのみ子を託されたのでした。クリスマスの夜の不思議な数々のしるしを心に納めながら、母マリアと父ヨセフは、神さまからお預かりした子どもを注意深く大切に育てたに違いないと思います。41節には、二人は「毎年、過越祭にはエルサレムへ旅をしていた」とあります。また39節「親子は主の律法で定められたことをみな終えた」という言葉からも、二人が神さまの律法を忠実に守る人たちであったことが分かります。ヨセフとマリアは、律法を忠実に守りながら、神の言葉に従って、責任感を持って熱心に、神さまからお預かりした子どもイエスを愛し育てたことと思います。
 この両親は、毎年のエルサレムへの巡礼の旅に、幼い主イエスをいつも連れて行っていたのではと想像する人も少なくありません。おむつも外れない子どもを連れての長旅は、今でさえかなり大変なものです。それでも両親は、毎年、まだ幼いイエスを連れてエルサレムに巡礼したのではないか。その道中には、神さまがイスラエルにしてくださった数々の出来事を思い起こさせる場所があったでしょう。そこを通りながら、「ここでは昔こういうことがあった」と語り聞かせたのではないか、そんな想像もできます。過越の祭りの由来も、主イエスは物心つく前から祭りの度ごとに聞かされてお育ちになったでしょう。律法に忠実に従う両親のもとで、旧約聖書の物語、天地創造物語、アブラハム・イサク・ヤコブ、そしてヨセフの物語、出エジプトの物語、イスラエルの歴史、それらを語り聞かされながら、主イエスはお育ちになったのではないか、そんな想像が膨らみます。

 そして主イエスが12歳になった時、両親は主イエスを連れてエルサレムに上ったのです。12歳という年齢には特別な意味がありました。ユダヤ人の男の子は、13歳になると会堂・シナゴーグの正式なメンバーとなる、大人の仲間入りをするそうです。神さまの民の一人に数えられるようになります。神さまの律法を守って生きる責任を負う大人になるのです。その直前の12歳、あるいは11歳で、エルサレムへの巡礼をすることが望ましいとされていたそうです。12歳の主イエスのこの巡礼の旅は、大人になる準備をする大切な旅でした。両親からすれば、親の責任で、子どもであるイエスをエルサレムに連れて行く最後の旅でした。来年は、イエスは大人として、ひとり立ちして、巡礼の旅に加わることになるのです。両親には特別な思いがあったことでしょう。もうこれで、ヨセフとマリアのイエスに対する親としての責任は終わるのです。
 エルサレムへの巡礼の旅は、44節から分かりますように、親類たちや知人たち、ナザレの村民たちが、「道連れ」すなわちキャラバンを組んで行う旅でした。道中に潜む盗賊やらの危険から、身を守る目的もあったと言われます。7日間の過越祭の期間が終わって帰路についたとき、両親は、主イエスもてっきりそのキャラバンの中にいるものと思い込んで、一日分の道のりを行ってしまいました。けれども夜になって宿をとるときになって、両親はわが子イエスがいないことに気づいたのです。朝になると二人は、親類や知人の間を捜し回りながらエルサレムへと来た道を引き返して行きました。けれども主イエスは見つからなかった。そしてエルサレムに着き、神殿に行くと、その境内に、律法の教師たちの真ん中にいる主イエスを見つけました。いなくなったのに気づいてから三日後のことでした。神さまからお預かりした大切な子どもイエスに何かあったらどうしようと、両親はどれほど心配しただろうと思います。神殿で、主イエスは、律法の教師たちから「話を聞いたり、質問したりして」おられたとあります(46節)。

 実は、随分長いこと、私はこの箇所について少し誤解をしていました。私はこの場面を、少年イエスが律法学者たちをやり込めていた、学者たちが舌を巻くような教えを少年の主イエスが語っておられた、そしてそれを聞いていた周りの人々もその教えにびっくりした、というような場面だと思い込んでいました。後に主イエスは、律法学者たちと論争したりするようになるわけですが、その片鱗がここに表れているというように思っていました。このエピソードは、いわゆる「偉人伝」の中にあるような、偉人が偉人たるゆえんを示す、少年イエスの驚くべきエピソード、そんなふうに思っていたのです。けれども注意深く読みますと、どうもここはそういう場面ではないということが分かるのです。
 主イエスは「教師たちの真ん中に座って、話を聞いたり質問したりしておられた」とあります。この状況は、生徒が先生から教えを受けている、そういう状況なのです。ここで主イエスは、教えているのではなくて、教師たちから教わっているのです。12歳の少年イエスは、このとき、両親から離れて自ら進んで、律法の教師たちに教えを乞い、神さまの言葉をさらに熱心に学ぼうとしておられた、そしてその学びに熱中しておられたのです。周りの人々が「イエスの賢さとその受け答えに驚嘆した」(47)というのも、主イエスが律法の教師たちをやり込めて打ち負かしたことに驚いた、というのではなくて、あくまで教えを受ける生徒としての受け答えが的確であり、鋭い質問もしてくるような主イエスの賢さに驚いた、そういうことなのです。
 ここから示されますのは、「主イエスは神のみ子であるのだから、神さまの言葉・律法について何も教わらなくても何でも分かっていた」というのではない、ということです。12歳になられた主イエスは、両親からだけではなく、律法の教師たちから、いわばもっと専門的本格的に、神さまの教えを聞きたい、学びたいと願われたということでしょう。ここには、両親から離れて、自立しようとしている12歳の少年の姿が描かれています。自立したひとりの大人、神の民の一員になろうとしてる、成長しようとしている、そういう12歳の少年イエスの姿が浮かびあがってまいります。皆が驚嘆するほど賢いけれど、他の12歳の少年たちと変わらない、親から離れて自ら神の言葉を学ぼうとしている、自分の足で歩いて行こうとしているそういう普通の人間の少年です。私たちと同じ、私たちの子どもたちと同じ、親離れをして、自立しようとしている12歳の少年の姿をルカは描いているのです。神のみ子イエスが、このようにまことに12歳の少年らしく、まさに「少年」として、その意味で真実に、私たちと同じ人間の歩みを辿られたということを、ここでルカは伝えているのです。

 神殿の境内で、律法の教師たちの真ん中に座っていた主イエスを見つけた両親は驚きます。そして母マリアは、少年イエスを叱るのです。マリアは言いました。「なぜ、こんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんも私も心配して捜していたのです。」このマリアの叱責の言葉をある翻訳はこう訳しました。「坊や、なぜこんなことをしてくれたの、お父さんも私も心配してお前を探していたのですよ。」元の言葉には「坊や」とか、英語では「My boy」と訳せる呼びかけの言葉があるのです。この呼びかけは、しかし、来年はもう一人前の大人になる12歳の少年に対して、母マリアがまだなお「私の坊や」と見ている、そういう母の姿をあらわにしています。これは、親である者たちには大いに心当たりのあることではないかと思います。私自身にも覚えがあります。いつまでも息子を「My boy」と呼びたい母親の、ある人の言葉で言えば「母の愚かさ」が現れてしまっています。
 先ほど少しご紹介したラーゲルレーヴの「神の宮」という物語の中で、両親は12歳のイエスに神殿の色んなすばらしい場所を見せて回ります。けれど少年イエスはあまりそれに興味を示さない、という場面が出てきます。両親は、そういう息子の姿に大いに満足して喜び、次々に神殿のすばらしい場所を見せて回るのです。そして両親はこんなことを語り合うのです。母マリアが言います。「きょうのこの子のエルサレムのお宮参りほど案じたことはありませんでした。この神さまのお家を見ようものなら、いつまでもここにいたがるんじゃないかと思っていたのですよ。…でも、この子を手もとに置かせていただけるような、そんな気がしています。」父ヨセフは言います。「この子が生まれたときにはいろいろと不思議なしるしがあって、それによるとこの子はやがてりっぱな君になる、ということだった。だが…何とかまあ、ナザレの大工以外のものにならずにすめば、わたしらには一番のことだがなあ。」両親は、特に母マリアは、息子イエスを失うことをとても恐れていた、そういう姿が描かれているのです。けれどもいろんなことがあって、母マリアは、結局最後に涙を流しながら言うのです。「ねえおまえ、お母さんが泣くのはね、やっぱりおまえをうしなったからなんだよ。もうおまえはけっしてわたしのものにはなりますまい。……」
 私たちもまた、母マリアと同じような愚かさに陥ることがあると思わされます。主イエスを、自分のもの、自分の手の中に納まるものとしようとしてしまうのです。主イエスを自分のサイズに小さくしてしまう。マリアと同じようなことを、私たちもしばしばしてしまうのではないかと思わされます。

 さらにもう一つ、マリアはここで、大事な的を外してしまっていることが明らかになっています。マリアは「お父さんも私も」と言っていますが、これは直訳すると「あなたのお父さんも私も」となります。ヨセフのことをマリアは「あなたのお父さん」と呼ぶのです。「ああ、私の坊や、あなたのお父さんも私も、あなたのことをどんなに心配したことか!」マリアはこのように言って、親から離れて独り立ちしようとしている12歳の少年イエスを叱ったのです。
 このマリアの叱責の言葉に、主イエスはこうお答えになりました。49節「どうして私を捜したのですか。私が自分の父の家にいるはずだということを、知らなかったのですか。」「あなたのお父さんも私も、あなたのことをどんなに心配したことか」と叱ったマリアに対して、主イエスは「この神殿の主である神さまが、私の父です。私が当然のこととして自分の父の家にいると、ご存知なかったのですか?」と言いました。
 主イエスはここで、自分の父はヨセフではなく神さまだとはっきり自覚して、母マリアに告げておられるのです。これまで、ヨセフとマリアの両親の庇護のもとに守られて育ってきた主イエスは、ここで両親のもとではなく、両親から離れて、まことの父である神さまのもとに、神のみ前に、立っておられます。自らの本来の父は神さまだと自覚して立っておられます。ルカはここに、主イエスが神を父とする神の独り子であることをも、はっきりと描き出しています。

 実は、この主イエスの言葉の中に「」という言葉は使われていません。今日の説教題に「家」という言葉を入れてしまったのですけれど、実は49節の主イエスの言葉の中には「家」という言葉は使われていないのです。49節の主イエスの言葉を直訳すると、およそこうなります。「私が私の私の父に属する事柄のなかに、当然いるはずだということ(それが必然だということ)を、知らなかったのですか?」ヨセフとマリアは、主イエスがどこにいるかと捜していたわけですから、この「父に属する事柄」を「場所」ととらえて「私が私の父の家に(当然)いるはずだということを」と、多くの翻訳は訳すのです。それが一番自然だとされます。
 けれど、古い英語の翻訳・KJV(欽定訳)は、「私は私の父の仕事をしている、それが当然(必然)だということを…」と訳しています。また別の英語の翻訳は、「私が私の父の仕事にとても忙しくせずにはおれないということを」と、「私は父の仕事にとても忙しい、そうせざるを得ない」という訳になっているのです。とても面白い翻訳だと思います。要するにイエスさまはここで、ご自分が当然居るべきところ・ご自分の父に属するところにいて、父の仕事に忙しくしているのだと言われたのです。イエスさまは、もう、地上の両親のもとを離れて独り立ちしておられるのです。そして、本来の父に属するところに立って、父なる神さまの仕事に忙しい。イエスさまは、それが私の本来当然になすべきこと、私にとっての必然なのです、と言われたのです。ここには、神さまがお定めになったこととしての「必然」を表す小さな言葉、「デイ」というギリシア語も用いられています。それが「父の家にいるはずだ」というふうに訳されているのです。主イエスはここで、本来の父のもとに立って、母マリアに対して、ひとりの自立した大人、すなわち自分が誰であるかをわきまえ、自分の使命が何であるかを知った自立した大人として、相対しておられるのです。

 マリアもヨセフも、このイエスさまの言葉が理解できませんでした。両親にとっては、主イエスはまだ「私たちの坊や」であったのかもしれません。大切に守り育てていかなければならない子どもだと思っていたのでしょう。けれども、主イエスのほうは、もうご自分の属するところ、ご自分の立つべきところ、居るべき場所を分かっておられます。ご自分のなすべきこと・仕事も分かっておられます。父の家で、父の仕事をするのだと自覚しておられるのです。ここで主イエスは、両親から離れて、ひとり立ちして歩き始めておられるのです。
 ここには、12歳の少年イエスの自立していく姿が描き出されています。そしてこの主イエスの姿は、私たち一人ひとりの〈自立〉とはどういうことかを教えていると思います。私たち人間の自立、それは若い人だけのことではありません。若くても歳を取っていても、真に自立した本当の大人になる、ということはどういうことかということを、この12歳の少年イエスの物語は私たちに教えています。人は、本当に自分が立つべきところに立つとき、真に自立した大人になるのです。それは神のみ前に立つ、ということです。神のみ前に立つことなしに、人は本当に自立することはないのです。子どもも親も、若者も年寄りも、です。子どもは、神の前に立って親から離れていくことができる。親は、神の前に立って子どもの自立を認めることができるのです。若者も年を重ねた者も、神の前に立って、自分が何者であるかを知り、自分のなすべきことが何かを知るのです。
 主イエスはここで、私たち皆に、若い人にも年を重ねた者にも、ご自分が立っているところ・父なる神に属するところ・父なる神の家に、父なる神のみ前に立ってほしい、父なる神のみ前にしっかりと立つ大人になってほしい、神の民の一員になってほしいと願っておられるのではないかと思うのです。その道を、私たちに拓いて見せてくださっているのではないかと思います。

 もう一つ、最後に注目したいのは、両親から離れて自立の道を歩み始めた主イエスがどうなさったか、ということです。51節「それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親にお仕えになった。」とあります。主イエスは、「私の家はこの神殿だ」と言って、神殿から離れることなくずっと神殿にお暮しになった、というのではなくて、ナザレに帰って「両親にお仕えになった」のです。それが、父である神さまから主イエスが託された最初の「父の仕事」だとわきまえられたということでしょう。主は、まず両親にお仕えになることを、ご自分の使命となさったのです。これまで大切に育ててくれた、自分を愛してくれた両親への感謝をもって、主は、30歳になるまで両親にお仕えになられた。主イエスは、まず両親のもとで、「仕える」働きをお始めになりました。そしてこの後、主イエスは両親だけではなくて、すべての人に仕えて生きる道を歩んで行かれるのです。ご自分から喜んで、ご自分の足で、その歩みへと進んで行かれるのです。そして、十字架へと向かって行かれるのです。
 私たちも、神さまのみ前に立つ時、親から離れて、また子どもから離れて、ひとりの人間として神のみ前にどのように生きて行けばよいかを示されます。12歳の少年イエスのお姿は、私たちに、父なる神のみ前に立つ時にこそ、真に自立した大人として自分の足で自分の人生を歩んでいく者となることを示しています。私たちに、「神と人から恵みを受けて、知恵が増し」成長していく道を示してくれているのです。