2024年2月11日 主日礼拝説教「光を信じなさい」 東野尚志牧師

エゼキエル書 第37章24~28節
ヨハネによる福音書 第12章27~36a節

 今週の水曜日から、教会の暦はレント、「受難節」に入ります。古代の教会において、復活祭に先立つ40日の期間、祈りと断食をもって、主のご受難を覚える時として過ごしたことから始まります。四旬節とも呼ばれます。ただし、主の日、つまり日曜日は、主の復活を記念する喜びの日ですから、断食をしません。日曜日を除いて40日を数えるので、実際には46日前から始まることになります。6週間と4日前で、必ず水曜日から始まることになるわけです。中世の教会においては、その始まりの日、悔い改めのしるしとして灰を額に付ける儀式が行われました。それで「灰の水曜日」、Ash Wednesdayと呼ばれるようになりました。
 来週の主日は、受難節第1主日となります。その後6週間を経て、3月31日の日曜日に、復活祭を祝うのです。昨年の復活祭は、4月9日でした。来年の復活祭は、4月20日です。復活祭の日付は、3月下旬から4月まで、一か月近く動きます。主イエスの誕生を祝うクリスマスの日付は、毎年12月25日と決まっていて動かないのに、どうして、主の復活を祝うイースターの日付は年によって動くのか、疑問に思われる方もあると思います。それには、はっきりとした理由があります。クリスマスの日付が聖書に書かれていないのに対して、イースターの日付は、聖書の中に書かれているからです。クリスマスの日付は聖書の中に記されていませんから、後の教会が、クリスマスを祝う日を自由に決めることができました。けれども、主イエスの十字架と復活の日付は、ユダヤ人の大事な祭りと絡み合うようにして、聖書の中に記されているのです。

 ヨハネによる福音書の12章1節にはこう記されていました。「過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた」。この過越祭のとき、つまりベタニアに行かれた六日目に、主イエスは十字架にかけられ殺されることになります。過越祭は、ユダヤの暦でニサンの月の14日と定められていました。その日には、犠牲の小羊が屠られます。洗礼者ヨハネが、主イエスを指さすようにして、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」(ヨハネ1章29節)と語ったことを思い起こします。この福音書は、主イエスこそが、すべての人の罪を赦すために、犠牲として屠られる過越の小羊であると証ししているのです。主イエスはニサンの月の14日、過越祭のときに十字架の上で屠られ、三日目、つまり週の初めの日の朝、墓の中からよみがえられました。当時の暦は、月の満ち欠けで一か月を定める太陰暦です。それを、現在の太陽暦に換算すると、主の復活の日は、春分の日の後の満月の次の日曜日ということになるのです。
 今年は、春分の日が3月20日で、その後に来る満月は3月25日の月曜日です。その次の日曜日、つまり、3月31日が復活主日ということになります。復活主日の一週間前が、棕櫚の主日と呼ばれることについては、ヨハネによる福音書の12章12節以下の記事がその根拠となっています。2週間前の礼拝で読んだところです。主イエスは、週の初めの日、ろばの子の背に乗って、エルサレムの都に入られました。その際、祭りのために各地からエルサレムに集まって来ていた巡礼者たちが、なつめやしの枝を振りながら、救い主の到来を喜び迎えたのです。この「なつめやし」が以前の聖書では「しゅろ」と訳されており、そこから「棕櫚の主日」という呼び名が定着しました。「枝の主日」という呼び方もあるようです。これならば、「しゅろ」が「なつめやし」に代わっても大丈夫です。いずれにしても、このエルサレム入城から、主イエスの最後の一週間が始まるのです。
 この最後の一週間を、教会では、「受難週」と呼ぶようになりました。受難節の最後の一週間が、受難週となります。マタイとマルコとルカ、いわゆる共観福音書の記事によれば、その週の木曜日、主イエスは、最後の晩餐の席上で、パンとぶどう酒を手に取って、今日まで続く聖餐式を制定されました。そして、食事の後、祈るために出かけられたゲツセマネの園で、ユダが手引きした役人たちの手で捕らえられます。そのまま大祭司の屋敷に連行されて不当な裁きによって死刑を宣告され、夜が明けるとユダヤの総督ピラトの法廷で裁かれ、十字架に引き渡されるのです。私たちが続けて読んでいるヨハネ福音書は、共観福音書の描き方とは少し違いますけれども、12章12節から、主イエスの最後の一週間の出来事を描いています。今日、読んだところにも、主イエスが、ご自分の十字架の死を見据えながら語られた言葉が記されているのです。

 主イエスは言われました。「今、私は心騒ぐ」。主イエスが心を騒がせておられます。何が起ころうと、泰然自若として平常心を保たれたというのではありません。福音書は、激しく心動かされる主のお姿を描いています。お怒りになることもあれば、涙を流されることもあります。主イエスが笑ったという言葉は記されていませんけれども、明らかに、笑みを浮かべておられるだろうと想像できる場面はいくつもあります。その主イエスが、「今、私は心騒ぐ」と言われるのです。
 主イエスが心を騒がせられる場面が、ここのほかに、あと二箇所あります。一つは、第11章、ラザロのよみがえりの記事の中です。主イエスは、ラザロが死んだことで、ラザロの姉妹であるマリアが泣き悲しんでおり、またマルタとマリアの姉妹を慰めるために集まったユダヤ人たちも泣いているのをご覧になって、憤りを覚え、心を騒がせられた、とありました。その場にいる者たちは皆、主イエス以外、死の力に支配され、悲しみに捕らわれていたからです。死の力が支配する現実を前にして、主は心を騒がせられ、その死の現実を打ち破るために、ラザロの墓の前に立って、ラザロを墓の中から呼び出されました。死の支配の中から命へと呼び出されたのです。このラザロの死とよみがえりは、この後の、主イエスご自身の十字架の死と復活を先取りするような出来事でもありました。
 主イエスが心を騒がせられる。あともう一つの場面は、この先の13章に出て来ます。主イエスが弟子たちと、最後の晩餐となる食事をしておられたとき、イスカリオテのユダの裏切りを予告される場面です。ユダはその時すでに、悪魔によって主イエスを裏切る思いを心に入れられていました。悪魔に支配された人間の深い罪の闇を前にして、その罪の闇を打ち払い命の光を輝かせるために進んで行こうとする中で、主イエスは心を騒がせられたのです。

 今日の箇所においても、主イエスが直面しておられる現実は同じです。主は続けて言われました。「今、私は心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、私をこの時から救ってください』と言おうか。しかし、私はまさにこの時のために来たのだ」(27節)。「この時」という言葉が2回繰り返されています。それは、明らかに、十字架の時を指しています。共同訳では、「『父よ、私をこの時から救ってください』と言おうか」と疑問文の形で訳されています。その前に「何と言おうか」と言われた、その疑問文の内容を示していると理解するのです。最近の翻訳に多い読み方のようです。この訳し方によれば、実際に主イエスがそのように祈られなかったということも考えられます。そう言おうか、と言ったけれども、実際には言わなかったとも読めるわけです。
 ところが、以前の口語訳聖書では、疑問文の中に入れずに、はっきり、主イエスの願いの言葉として訳していました。「今わたしは心が騒いでいる。わたしはなんと言おうか。父よ、この時からわたしをお救い下さい。しかし、わたしはこのために、この時に至ったのです」。口語訳のように読めば、主イエスは実際にこの時から救われることを父に願って祈られたということになります。その後の「しかし」という逆接が効いてくるのです。主イエスは実際に、直面する苦悩から救われることを願われたけれども、その直後、その願いを克服する決意を示されたことになります。そして、続けて祈られるのです、「父よ、御名の栄光を現わしてください」。

 ここでの主イエスの祈りは、「ヨハネ福音書のゲツセマネ」と呼ばれてきました。マタイ、マルコ、ルカ、いわゆる共観福音書においては、最後の晩餐を終えられた後、主イエスはいつもの祈りの場所であるゲツセマネの園に出かけて、激しい祈りの戦いをされたことが記されています。それぞれ、表現の違いは若干ありますけれど、マルコでは次のように描かれます。マルコによる福音書の第14章32節以下の言葉です。
 「一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「私が祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく苦しみ悩み始め、彼らに言われた。「私は死ぬほど苦しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」少し先に進んで地にひれ伏し、できることなら、この時を過ぎ去らせてくださるようにと祈り、こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯を私から取りのけてください。しかし、私の望みではなく、御心のままに。」」。
 共観福音書では、「この杯」という言葉が用いられています。もちろん、「この杯」は目の前の十字架の死を指しています。共観福音書が「この杯」という言葉で表わした十字架の苦難を、ヨハネの福音書では、「この時」「私の時」と言い表したのです。

 ここで、私たちは誤解をしてはならないと思います。主イエスは決して、目の前に迫る十字架刑というあまりにも残酷な処刑方法を恐れて、それを逃れたいと願われたのではありません。主イエスにとって、十字架の死は、単なる残酷な死ではありませんでした。それは、私たち人間のすべての罪を贖うための身代わりの死です。神に背を向けて、自分が神のようになり、神なしで生きられるかのように思い上がった人間の罪に対する神の裁きのもと、神から見捨てられ、神に呪われた者としての死です。神から見捨てられ、命の源である神から引き離される死が、どれほど絶望的で恐ろしいものであるか、父なる神と一つである御子イエスだけが、その本当の恐ろしさを知っておられます。もしも、ご自身が神から見捨てられることなしに、別の方法で人間が救われる道があるなら、「この杯」を取りのけてくださいと願わずにいられません。けれども、ただ一人罪のないお方、神の独り子であるお方が、私たちの罪をすべて背負って、私たちの身代わりとなって、神から見捨てられ、神に呪われた者となって死んでくださる以外に、私たちが罪の裁きから救われる道はなかったのです。
 私たちは、世の画家たちが描いてきた、残酷で痛ましい十字架刑の絵を前に、身動きできずに立ち尽くすことがあります。しかし、十字架刑の目に見えるむごたらしさや痛ましさに、心揺さぶられるだけにとどまってはならないと思います。そこで私たちが本当に見なければならないのは、神に見捨てられる絶望です。神に呪われた者としての悲惨です。私たちも、突然の不幸な出来事に巻き込まれ、闇の中に突き落とされたような絶望を味わうことがあります。大地震で家が壊れ、大切な家族がその下敷きになって死んでしまった。津波に流された。また大きな病が見つかって、もう手の施しようがない。目の前が真っ暗になって、光が見えない。神はどこにおられるのかと問い、本当に神はおられるのか、という疑いや絶望に呑み込まれそうになります。けれども、その時、思い起こすことができます。私たちよりももって深く、神に見捨てられる絶望を受けとめられた方がおられるのです。神に呪われた者となって、神の御前から捨てられた方がおられるのです。そして、その絶望のただ中から、なおも、神に向かって叫び、祈られた方がおられます。その十字架の傷を刻んだ御手が、絶望のどん底でもなお、私たちを支えてくださるのです。

 共観福音書では、十字架を前にして、「この杯を私から取りのけてください」と願われた主が、その願いを自ら克服するように、「しかし、私の望みではなく、御心のままに」と祈られたと伝えています。ヨハネの福音書では、「私をこの時から救ってください」と願われた主が、「しかし、私はまさにこの時のために来たのだ」と言って、「父よ、御名の栄光を現わしてください」と祈られたと記しています。「御名の栄光を現わしてください」。「御心のままに行ってください」。お気づきになるでしょうか。これはいずれも、「主の祈り」の中に含まれている祈りです。「主の祈り」は、主イエスが私たちに、祈るときはこう言いなさい、と言って教えてくださった祈りです。確かに、それは、私たちが祈るべき祈りです。けれども、主が教えてくださった通りに、「天にまします我らの父よ」と祈り始めるとき、一番最初に、「我らの父よ」と呼びかけるこの祈りを口にされたのは、主イエス・キリストご自身であることに気づきます。御名が崇められるように、御心がなるように、という祈りは、主イエスの生涯を貫く祈りであり、十字架への道を貫く祈りなのです。
 共観福音書が描くゲツセマネの祈りにおいては、主イエスは三度、同じ言葉で祈られ、その祈りの戦いの中で、すべてを父なる神の御心に委ねる決断をされました。そこには、父なる神からのはっきりとした答えは記されていません。記す必要がなかったのだと思います。一方、ヨハネ福音書のゲツセマネにおいては、主イエスが「父よ、御名の栄光を現わしてください」と祈られたとき、その祈りに答えるようにして、天から声が響いたと記されています。「私はすでに栄光を現わした。再び栄光を現わそう」。ラザロのよみがえりを頂点とする主イエスの御業を通して、既に父なる神は、ご自分の栄光を現わして来られました。そして、今、再び栄光を現わすと言われます。主イエスの十字架の死と復活によって、さらに大きな栄光を現わそうとしておられるのです。

 主イエスのそばにいた群衆には、天から響いた声が、よく聞き取れなかったようです。あるいは、聞こえたけれどもその意味がよく分からなかったということかもしれません。「雷が鳴った」という人もいれば、「天使がこの人に話しかけたのだ」という人もいました。けれども、主イエスは、言われます。「この声が聞こえたのは、私のためではなく、あなたがたのためだ」。主イエスは、ご自身の祈りの中で、すでに父なる神の答えを得ておられました。十字架への道を神の御心によるご自身の道として選び取っておられました。十字架の時を神の栄光が現わされる時として受けいれておられました。
 けれども、その場にいた人たちはもちろんのこと、私たちにも、十字架の死において、神の栄光が現わされるなどということが、とうてい分かるはずもありません。それでも、父なる神さまは、私たちのために告げてくださいました。私たちのためです。やがて、復活された主が、私たちに真理の霊である聖霊を送ってくださるとき、聞いていたことの意味が分かるようになるからです。私たちは今、聖霊なる神の導きをいただきながら、聖書の御言葉を味わっています。だから、かつては分からなかったことが、今、聖霊なる神の導きによって分かるようになるのです。

 主イエスは、ご自身の十字架の時を見据えながら、語られます。「今こそ、この世が裁かれる時。今こそ、この世の支配者が追放される。私は地から上げられるとき、すべての人を自分のもとに引き寄せよう」(31節)。「上げられる」という言葉をヨハネが記したのは、ここが初めてではありません。最初にこの言葉が用いられたのは、第3章の14節、15節のところです。その続きの16節は、よく知られている言葉です。この福音書を読み解くための鍵になる言葉であり、聖餐を祝うとき、毎週、耳にしている言葉でもあります。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。その直前で、主は言われました。「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである」。モーセの話は、民数記の第21章に詳しく記されています。神とモーセに向かってつぶやいた民に対して、主は炎の蛇を送られました。この蛇にかまれて多くの者が死にました。民がモーセに助けを求め、モーセが神に祈ると、主はモーセに言われました。青銅の蛇を造って、それを竿の先にかけなさい。蛇にかまれた人が、その青銅の蛇を仰ぎ見ると、生き延びたというのです。主イエスは、青銅の蛇が竿の先に上げられたように、人の子も上げられると言われたのです。ご自分が十字架に上げられることを意味しているのは明らかです。
 もう一つの記事は、第8章の28節です。主イエスは言われます。「あなたがたは、人の子を上げたときに初めて、『私はある』ということ、また私が、自分勝手には何もせず、父に教えられたとおりに、話していることが分かるだろう」。あなたがたは人の子を上げる、つまり、ユダヤ人たちが主イエスを十字架に上げるときに、主イエスが神から遣わされた、神と等しいお方であることが分かるようになる、と言われたのです。第12章において、主イエスが「上げられる」ことを語るのは3度目ということになります。他の福音書において、主イエスがご自分は十字架につけられ殺されるということを、三度預言されたというのと対応していると言えるかもしれません。

 ところで、主イエスが上げられるとき、すなわち、主が十字架にかけられるとき、二つのことが起こると言われます。一つは、この世が裁かれ、この世の支配者が追放されるということ。もう一つは、主がすべての人をご自分のもとに引き寄せられる、ということです。主が十字架に上げられるとき、それは、神の栄光が現わされるときです。だから、神に逆らうこの世の君は、その支配の座から追い出されることになります。そして、もはやユダヤ人と異邦人の区別なく、すべての者をご自分のもとに引き寄せて、十字架の贖いによる救いに与らせてくださるのです。群衆がなお、主イエスの言葉を理解することができずに問いを突きつける中、主イエスは、力強い招きの言葉を語られました。
 「光は、今しばらく、あなたがたの間にある。闇に捕らえられることがないように、光のあるうちに歩きなさい。闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない。光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい」(35~36a節)。生まれながらの私たちは、光を持たず、闇の中を歩く者でした。そのような私たちが、自らの内に光を宿す「光の子」となるために、光を信じなさい、と主は言われます。ここには、英語のintoに当たる言葉が用いられています。光の中へと入り込むように、光の中へと信じなさいと言われているのです。光そのものである十字架と復活の主の中に、自分自身を投げ込むようにして、光に包まれて、光を照り返して生きる者とされるのです。

 主ははっきりと約束してくださいました。「私は地から上げられるとき、すべての人を自分のもとに引き寄せよう」(32節)。主イエスが、私たちを引き寄せてくださいました。真っ暗な闇の中に、主が命の光を輝かせてくださいました。十字架と復活の主が、私たちの王となられ、私たちの牧者となって、私たちを導いてくださいます。預言者エゼキエルを通して、「私はわが聖所をとこしえに彼らのただ中に置く」(エゼキエル37章26節)と語られた方が、今、確かに、私たちのただ中に共にいてくださり、とこしえに、私たちと共に住んで、私たちを豊かな恵みの食卓によって養ってくださるのです。