2024年1月28日 主日礼拝説教「平和の王の入城」 東野尚志牧師

ゼカリヤ書 第9章9~12節 
ヨハネによる福音書 第12章12~19節

 新しい年を迎えて、はや1月も最後の週となりました。元日に能登半島の大地震が起こってから、間もなく一か月になります。計画的にボランティアが入り始めた地域もありますけれども、なお倒壊した家屋や壊れた家具、瓦礫が手つかずの地域もあります。引き続き、皆さまのお祈りに覚えていただきたいと思います。緊急救援募金は、ひとまず本日の礼拝後の出口募金までで区切って、本日までの3週分を集計した上で、日本基督教団中部教区に送金します。長期的な支援が必要になると思います。今後の支援計画は、また改めて、役員会で相談して呼びかけをしたいと思いますので、そのときはまた、ぜひ、祈りをもってご協力いただきたいと願っています。

 今週の木曜日から、2月に入ります。金曜日のメール配信の際、2月の礼拝計画を記載した月間予定表を配付しましたが、2月14日のところに「レントに入る」と記載されています。今年は、2月14日から「受難節」に入るのです。イースターに先立つ40日の期間は、四旬節とも呼ばれます。ただし、主の復活を祝う主の日を除いての40日ですから、実際には、46日前から始まります。受難節の始まりの日は、必ず水曜日になるので、「灰の水曜日」と呼ばれます。レントに入るにあたって、悔い改めのしるしの灰を、額に付けて礼拝をしたことに由来します。その翌週から6回の主日を間にはさんで、主の復活を記念するイースターの主日を迎えることになります。今年は、3月31日です。2023年度は、年度内に2回のイースターをお祝いすることになるわけです。
 イースターに先立つ一週間は、特別に「受難週」と呼ばれます。6週間にわたる受難節の最後の週が、受難週です。この週の後半に、主イエスが捕らえられ、裁かれ、十字架にかけられ、死んで葬られたことを覚えるのです。この受難週の始まりの主日は、教会の暦、教会暦において「棕櫚の主日」と呼ばれています。なぜこの日が「棕櫚の主日」と呼ばれるようになったのか、その根拠となった聖書箇所が、先ほど朗読したヨハネによる福音書の記事ということになります。12章12節と13節にこうあります。「その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。『ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように/イスラエルの王に』」。

 聖書協会共同訳の聖書では、今日読んだところに「エルサレムに迎えられる」という見出しが掲げられています。主イエスが、エルサレムの城壁の門を通って、エルサレムの都に入られた時の様子を描いているのです。「エルサレム入城」の記事として覚えられてきました。大勢の群衆が、エルサレムに続く沿道に、主イエスを迎えに出たのです。共同訳の聖書では、見出しの言葉の次の行に、括弧に入れて他の福音書の並行箇所が示してあります。つまり、この「エルサレム入城」の記事は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、四つの福音書すべてが記しているということです。主イエスのご受難、受難週の始まりの日の出来事として、四つの福音書すべてが、棕櫚の主日の出来事を大切に記録しているのです。
 マタイとマルコの記事では、群衆の中のある人たちが、野原から木の枝を切って来て、それを主が進まれる道に敷いたと記しています。その木の名前までは記されていません。四つの福音書の中では、ただ一つ、ヨハネによる福音書だけが、「なつめやしの枝」と記しています。しかも、道に敷いたというのではなく、群衆が手に持っているのです。恐らくは、手に持った枝を振りながら、主イエスのエルサレム入城を歓迎したのです。ここに出てくる「なつめなしの枝」が、かつての口語訳聖書では「しゅろの枝」と訳されていました。口語訳聖書では、こうなっています。「その翌日、祭にきていた大ぜいの群衆は、イエスがエルサレムにこられると聞いて、しゅろの枝を手にとり、迎えに出て行った」。この口語訳聖書の記述を知らないと、受難週の初めの日が、「棕櫚の主日」と呼ばれる意味が分からなくなるかもしれません。
 聖書協会共同訳の前に出た、新共同訳から、すでに、「なつめやしの枝」となっていました。新しい翻訳聖書が出る度に、より厳密に訳語を選ぶことになります。実は、同じヤシ科の植物ではありますけれども、「なつめやし」と「しゅろ」は別の植物であるようです。そして、この箇所に記されている植物は「なつめやし」と訳すのが正しいらしいのです。ですから、今後、「なつめやしの枝」が「しゅろの枝」に戻ることはないと思われます。もしかしたら、いずれの日にか、「棕櫚の主日」が「なつめやしの主日」に変わる日がくるかもしれません。正直、ちょっとピン来ませんが、慣れの問題でしょうか。

 なつめやしの枝を手に持って、主イエスを迎えに出た群衆の中には、普段からエルサレムの町の中に住んでいる人たちも含まれていたと思われます。けれども、さらに多くの人たちが、過越の祭を祝うために、ユダヤの全土から、あるいは、周りの国々から出かけてきたユダヤ人たちであったと思います。律法によれば、ユダヤ人の成人男性は、年に三度、エルサレムの神殿に詣でることが定められていました。いわゆる巡礼の旅ということになります。過越祭と、七週祭と、仮庵祭です。実際には、遠くに住んでいる人たちは、年に一度、詣でるのが精一杯であったかも知れません。離散して生活していたユダヤ人の中には、何とか一生に一度は、エルサレムへの巡礼を達成したいという願いを抱く者もいたようです。かつての日本における「お伊勢参り」の感覚に似ているかも知れません。いずれにしても、もとからエルサレムの市街に住んでいた人たちだけではなくて、方々の町や村から巡礼に来ていた人たちが、ろばの子の背に乗った主イエスと並んで歩くようにして、歓迎したのだと思われます。エルサレムのあるシオンの山のふもとのエリコの町には、なつめやしの木がたくさん生えていたようです。そこで木の枝を切って来て、準備して行ったのかも知れません。
 ヨハネによる福音書は、ここでもわざわざ、直前に行われたラザロのよみがえりの奇跡に触れています。12章の17節と18節でこんなふうに記しているのです。「イエスがラザロを墓から呼び出して、死者の中からよみがえらせたとき一緒にいた群衆は、その証しをした。群衆がイエスを出迎えたのも、イエスがこのしるしをなさったと聞いたからである」。ラザロのよみがえりは、ヨハネの福音書が証ししている「七つのしるし」の最後、最大のしるしでした。死の力に打ち勝つ復活の命の先取りとして、まさに、主イエスご自身の復活を先取りするようにして、重い病のために死んで、墓に葬られてから四日も経っていたラザロがよみがえらされたのです。主イエスが、墓の中に横たえられたラザロに向かって、その名を呼んで、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来ました。その奇跡を目撃した人たちや、その噂を聞いていた人たちは、主イエスこそ、死に勝つ命の主、約束されたメシア、救い主であることを期待して、勝利の主、平和の王として歓迎しようとしたのだと思われます。

 なつめやしの枝を手に持って、主イエスをお迎えした群衆の叫びが13節に記されています。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように/イスラエルの王に」。この言葉は、交読文として読んだ詩編第118編の言葉から取られています。交読文の中では、司式者が「主の御名によりてきたる者は幸いなり」と告げて、会衆が「我ら主の家より汝らを祝せり」と応えました。新しい翻訳の聖書では、「祝福あれ、主の名によって来る人に。私たちは主の家からあなたがたを祝福する」となっています(詩編118編26節)。もともとは、エルサレムの神殿に仕える祭司が、巡礼者たちを祝福した歌であったと思われます。それを、主イエスひとりに当てはめたのです。引用箇所に続けて、「主こそ神、主が私たちを照らす。祭壇の角のところまで/枝を手に祭りの行列を組め」と歌われています。「枝を手に祭の行列を組め」というところも、主イエスを歓迎した群衆の姿に重なり合うわけです。
 かつて、エルサレムの都が異教徒に支配され、神殿が汚された後、戦いに勝利してエルサレムを奪還し、神殿を清めて再び奉献する祭が行われました。そのとき、人々はなつめやしの枝を振って喜び祝ったと伝えられています。なつめなしの枝を振るということには、エルサレムが異邦人の支配から解放されたことを喜ぶという意味が込められていました。神の民を苦しめる異邦人に勝利して、その支配から解放してくれるイスラエルの王として、主イエスを歓迎したのです。群衆の叫びの言葉に、もとの詩編118編の歌にはなかった「イスラエルの王に」という言葉が付け加えられているところにも、イスラエルの解放を求める群衆の願いが強く現わされていると言ってよいと思います。
 冒頭の叫び、「ホサナ」は、「どうか、救ってください」という意味の「ホーシーアー・ナー」というヘブライ語から取られています。ラテン語のミサの中でも「ホザンナ」とか「オサンナ」と歌われます。新約聖書の時代には、「万歳」という叫びと同じように用いられていたと言われます。けれども、もともと「救ってください」という叫びですから、勝利の王、救い主を迎えるときに、ふさわしい言葉として、力強く叫ばれたのです。

 ところが、続く14節と15節には、明らかに群衆の期待とは異なる、主イエスのお姿が描かれます。「イエスは子ろばを見つけて、お乗りになった。次のように書いてあるとおりである。『シオンの娘よ、恐れるな。見よ、あなたの王が来る。ろばの子に乗って』」。エルサレムに入城される王は、敵を打ち滅ぼした勝利の王として、軍馬にまたがって勇ましく行進されたのではありません。ヨハネの福音書と合わせて朗読した旧約聖書のゼカリヤ書、その9章9節で預言されたとおり、ろばの子に乗って都に入られたのです。もとのゼカリヤ書の預言では、やって来られる王について「へりくだって、ろばに乗って来る/雌ろばの子、子ろばに乗って」と記されています。「へりくだって」というところは、口語訳聖書では「柔和であって」と訳されていました。猛々しく力を誇る王ではなくて、へりくだった、柔和な王として来られるのです。さらに続く10節で王自身が宣言しておられます。「私はエフライムから戦車を/エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ/この方は諸国民に平和を告げる。その支配は海から海へ/大河から地の果てにまで至る」。王自ら、平和を告げてくださいます。柔和な平和の王として来られるのです。
 ヨハネは、主イエスが子ろばを見つけてお乗りになったことの意味を明らかにするために、旧約聖書ゼカリヤ書の預言の言葉を引用しました。ところが、そこに、一つだけ重大な変更を加えています。ゼカリヤの預言においては、「娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、喜び叫べ」と告げられていました。しかし、ヨハネは、それを引用する際、「シオンの娘よ、恐れるな」と記したのです。「大いに喜べ」「喜び叫べ」という呼びかけが、「恐れるな」と変えられています。そこには、同じ旧約聖書の中のゼファニヤ書の言葉が組み合わされていると考えられます。本日、礼拝冒頭の招詞、招きの言葉として読んだところです。ゼファニヤ章3章の14節と15節です。「娘シオンよ、喜び歌え。イスラエルよ、喜びの声を上げよ。娘エルサレムよ、心の底から喜び祝え。主は、あなたに対する裁きを取り去り/敵を追い払われた。イスラエルの王なる主はあなたのただ中におられる。もはや、災いを恐れることはない」。さらに16節で続けて語ります。「その日、人々はエルサレムに向かって言う。『シオンよ、恐れるな/力を落としてはならない』」。

 主イエスを迎えた群衆は、なつめやしの枝を振りました。異邦人の支配から自分たちを救い出して、イスラエルの王国を再建してくれる力強い王を期待しました。しかも、死んで墓に葬られた人間を、再びよみがえらせて墓の中から呼び出された驚くべきしるしについて聞かされたのです。期待を膨らませて、なつめやしの枝を準備して、エルサレムの城壁に続く沿道に集まりました。実は、13節で「迎えに出た」と訳されており、18節で「出迎えた」と訳されている言葉は、ただ普通に誰かと会うとか誰かを迎えるというときに用いられる言葉ではありません。13節では「なつめやしの枝を持って迎えに出た」と書かれています。18節では「群衆がイエスを出迎えたのも、イエスがこのしるし(つまり、ラザロを墓から呼び出したしるし)をなさったと聞いたからである」とあります。ここで用いられている言葉は、自分たちの「王」であるお方を迎えるときに用いられる特別な表現なのだというのです。つまり、群衆は明らかに、自分たちの王となってくださるであろう、力ある勝利者を迎えるつもりで出て行ったのです。その様子は、ファリサイ派の人たちが、「見ろ、何をしても無駄だ。世をあげてあの男に付いて行ったではないか」と、敗北宣言とも聞こえるようなつぶやきを口にするほどの勢いがありました。
 ところが、イスラエルの王、ばんざい、と歓呼の叫びを上げる群衆を前にして、主イエスは、ろばの子の背に乗られました。戦いに勝利をもたらす軍馬ではなく、ろばの子の背に乗られました。その姿、その振る舞いを目にした群衆は、戸惑いを覚えたと思います。本当にこの人なのか、そんな不安と恐れを抱いたのではないかと思います。だからこそ、ヨハネは、ろばの子に乗る平和の王の入城を指し示すために、ゼカリヤの預言を引用しつつ、ただ「喜べ」と言うのではなくて、「恐れるな」と語りかけたのだと思います。ろばの子の背に乗って、エルサレムの都へと入って行かれる王が、どのようにして、勝利と救いを実現しようとしておられるのか、そのことを思うと、ただ単純に、能天気に喜ぶだけで済むはずがないからです。十字架へと向かって行かれる王の姿を前にして、怖じ恐れるほかありません。主イエスの十字架のお姿は、私たちの罪を暴き出すのです。神に背いた私たちの罪は、神の独り子の命の代価によらなければ、決して、贖われることのない罪です。主が身代わりとなってその命を犠牲にしてくださらなければ、赦されることがないほどに、重くどす黒く、私たちの中に澱み、私たちを捕らえている力、私たちを死の中に引きずり込むような恐ろしい力なのです。

 けれども、御言葉は私たちに告げるのです。「恐れるな」。恐れるな、あなたの罪はすべて柔和な平和の王である主イエスが背負ってくださる。主がご自分の命を捨てて、あなたの罪を贖い、あなたの罪を赦してくださる。だから、恐れるな。恐れず、この救い主のお姿を仰ぎ見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。
 ゼカリヤの預言に組み合わされた、ゼファニヤの預言は、告げています。「主は、あなたに対する裁きを取り去り/敵を追い払われた。イスラエルの王なる主はあなたのただ中におられる。もはや、災いを恐れることはない」(ゼファニヤ3章15節)。「シオンよ、恐れるな/力を落としてはならない。あなたの神である主はあなたのただ中におられ/救いをもたらす勇者である。主は、喜びをもってあなたを祝い/愛をもってあなたを新たにし/喜びの歌をもってあなたに歓喜の声を上げる」(同16~17節)。シオンの娘が喜んでいるのではありません。主なる神が喜んでおられるというのです。主が、喜びをもって私たちを祝ってくださる。主が、愛をもって私たちを新たにしてくださり、主が喜びの歌をもって私たちに歓喜の声を上げられるのです。

 どうしてでしょうか。主は、ご自身の十字架の贖いによって、私たちが救いにあずかり、罪赦され、神の前に新しく造られることを、すでに見ておられるからです。主イエスは、エルサレムへと入っていく道が、さらに、十字架へと続いていくことを知っておられます。今は、なつめやしの枝を振って、歓呼の叫びを上げている群衆が、やがて、ポンティオ・ピラトの裁きの場で、まるで人が違ったかのように、十字架につけろと叫ぶことをも知っておられます。
 他人事ではありません。私たちも同じです。主を信じ、主に従う決心を与えられたにもかかわらず、主のもとから離れてしまう、教会の交わりから遠のいてしまう、そういう不確かさ、弱さを持っていることを主はよく知っておられます。それでも、主は、私たちが新しくされることを信じておられるのです。私たちが信じているのではありません。主イエスが私たちを信じていてくださるのです。ご自身の十字架の苦難が、決して、無駄にならないこと。私たちを造り替え、私たちを新しくする力に溢れている。まさに、死んだ者を命へと呼び出し、無から有を呼び出す命の力が、私たちに注がれているのです。

 主イエスは、すべてを知っていてくださいます。救いの時を見通しておられます。けれども、私たちにはすべてを見通すことはできません。ヨハネは告げています。「弟子たちは最初これらのことが分からなかったが、イエスが栄光を受けられたとき、それがイエスについて書かれたものであり、人々はそのとおりイエスにしたのだということを思い出した」(ヨハネ12章16節)。ヨハネの福音書において、主イエスが栄光を受けられたとき、というのは、主が十字架に挙げられ、さらには、復活して天に挙げられたときです。主イエスは、十字架にかけられる前の晩、弟子たちに約束して言われます。「私は、あなたがたのもとにいる間、これらのことを話した。しかし、弁護者、すなわち、父が私の名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、私が話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(ヨハネ14章25~26節)。真理の霊である聖霊を受けて、主イエスにおいて成し遂げられたことを思い起こすのです。
 御言葉の説教を聞き、主が備えてくださった聖餐の恵みにあずかるとき、私たちも、聖霊なる神の導きによって思い起こします。主が私たちのために成し遂げてくださったこと、主がどれほどに私たちを愛してくださっているかということ。さらには、主が私たちを信じてくださっていること。私たちが新しい命を受けて、主のものとして立ち上がることを、主は信じておられます。待っておられます。期待しておられるのです。私たちが自分勝手に期待する以上に、主イエスの大きな期待と祈りが、私たちを支え、私たちを導いてくださいます。だからこそ、恐れずに、喜び祝うことができるのです。感謝をもって、備えられた喜びの食卓にあずかりたいと思います。被災の地にも、主の食卓が備えられることを信じ望みつつ、今日、私たちのために備えられた恵みに共にあずかりましょう。