2023年5月21日 主日礼拝説教「いのちの食卓」 東野ひかり牧師

マルコによる福音書 第14章22~25節
エレミヤ書 第31章31~34節

 食事の記憶、食べ物の記憶というのは、私たちにとって忘れがたいものです。食べ物の恨みは恐い、などとも申しますが、食べ物に関わる思い出というのは、それが良い思い出であっても、辛い思い出であっても、私たちはなかなか忘れないのではないかと思います。皆さまにもそれぞれ〈忘れ得ぬ食事〉というものがおありになることでしょう。
 今朝共に聞きますのは、マルコによる福音書が伝える、主イエスが弟子たちとなさった最後の食事の場面です。この食事のことは、マルコによる福音書だけでなく、マタイによる福音書、ルカによる福音書にも共通に記されます。さらにコリントの信徒への手紙一第11章にも、使徒パウロが「主から受けたもの」として書いたこの食事のことが伝えられています。この主イエスと弟子たちとの食事は、弟子たちにとって、そして教会にとって〈忘れ得ぬ食事〉でありました。教会は、この食事を記念し覚え続け、今日に至るまで、このときの食事を繰り返すようにして、この食事を思い起こす〈聖餐〉を祝い続けているのです。
 弟子たちにとって、なぜこの食事が〈忘れ得ぬ食事〉であったのかということを改めて問いますとき、恐らく真っ先に私たちが考えますのは、これが、主イエスが十字架につけられて殺される直前、弟子たちと共になさった〈最後の食事・最後の晩餐〉であったからということでありましょう。確かにそれはそのとおりだろうと思います。大切な人との文字通りの〈最後の晩餐〉。それはだれにとっても〈忘れ得ぬ食事〉となるものであるに違いありません。
 しかし、この食事が弟子たちにとってかけがえのない〈忘れ得ぬ食事〉として覚えられ続けたのは、この食事が、単に在りし日の主イエスとの最後の食事だったから、というだけではありません。この食事は、実にさまざまな意味で、弟子たちにとって特別な食事、〈忘れ得ぬ食事〉でありました。

 (1、〈主の〉晩餐としての聖餐)
 今日の聖書の箇所は、先ほどもその言葉を使いましたが、一般的に〈最後の晩餐〉と呼ばれる箇所です。そう聞きますと、皆さまの中にはレオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵画を思い起こされる方もあるでしょう。あの絵では、主イエスと十二人の弟子たちは椅子に座ってテーブルについていますけれど、実際のこのときの食事は、あの絵のような「椅子に座ってテーブルについて」という形のものではなかったようです。主イエスと弟子たちは、エルサレム市内のある「宿屋」の二階の広間で—その広間はかなりの広さがあったようですが―、そこに「寝椅子」のようなものが置かれ、その上に絨毯が敷かれ、クッションが置かれたりしていたところに、横になるような姿勢をとって食事をなさった、と説明されます。
 マルコによる福音書は、この食事は「過越の食事」であったということを、前の14:12〜16で繰り返し書いています(12,14,16節)。ユダヤの人々にとって大変重要なお祭りであった過越の祭りでする食事が「過越の食事」です。「過越の食事」をすることが過越の祭りそのものでありました。このような大切な食事や、客人を迎えてする宴席の食事などでは特に、寝椅子に横になる姿勢での食事が正式なものであった、という説明もあります。とりわけ過越の食事は、そのような姿勢でするべき食事であったとも言われるのです。
 過越の食事は、イスラエルの民がエジプトでの奴隷の状態、その苦しみから救い出され、解放されたことを記念し、それを喜び祝うイスラエルの人々・ユダヤの人々にとっては大変重要な食事でありました。奴隷状態からの解放を祝う食事でしたので、寝椅子に横になり左手を下にして右手で食事をする、という姿勢で食事をすることによって、「自分たちはもう奴隷ではない、解き放たれた自由人だ」ということを表した、とも言われるのです。
 そのような過越の食事で、大切なメインディッシュは屠られた小羊の肉でした。イスラエルの民がエジプトから救い出されたとき、主なる神さまは、エジプト中の家の最初に生まれた男の子を打つ、死なせてしまう、という災いをエジプト中の家にくだされました。しかしイスラエルの人々の家は、その家の入口に、長男の代わりの犠牲として屠った小羊の血を塗ったのです。その血が塗られた家は、死の災いが「過ぎ越して」行った、そうしてイスラエルの人々はいのちを与えられ、救い出され、奴隷状態から解放されました。
 過越の食事では、このことを覚え祝って、小羊の肉を焼いて食べたのです。その他に、エジプトでの苦しみを表わす苦みのある野菜や、急いでエジプトから出なければならなかったのでイースト菌を入れないで焼いたクラッカーのようなパンが食されました。また、エジプトの奴隷生活の中で作らされ続けたレンガを表すペースト状のものも用意され、苦菜やパンをそれに浸して食したと言います。いろんな決まりごとのある過越の食事でしたけれど、大事なことは、その食事をする日の前日にエルサレム神殿の中で犠牲の小羊が屠られ、それを各自自分の家や、宿を取っているところに持ち帰って焼いて食べる、ということでした。小羊の犠牲の血によっていのちが救われたことを覚え、神の救いの御業に感謝し、囚われからの解放を祝ったのです。
 主イエスと弟子たちも、この過越の食事をするために再びエルサレム市内にやって来ていました。そしてその食事の準備のために、主イエスは二人の弟子を先にエルサレムに遣わされ、準備を整えさせました。そのことが14:12〜16に記されております。ここに書かれていますことは不思議な話のように見えます。けれどここで重要なことは、この食事の準備がすべて主イエスの側で整えられていた、ということです。またこのことは、この食事をしたい、しよう、と願ったのは弟子たちのほうではなくて、主イエスご自身であった、ということも表しています。
 今私たちが用いております聖書、聖書協会共同訳の聖書は、今日のところに〈主の晩餐〉という小見出しをつけています。普通の食事は午後三時くらいからとることが多かったと言いますが、過越の食事は、日付が変わる日没から始まります。過越の小羊を屠る日の夕暮れ、日が落ちて星が三つ見えるようになるとその次の日になる、そして過越しの食事が始まりました。ですから過越の食事は夕べの食事です。しかも正式な食事ですから〈晩餐〉と呼ばれます。そしてこの食事は、弟子たちのほうからではなく、主イエスご自身のほうから願われ、主イエスご自身がすべてを備え整えてくださった食事です。そしてその食事においては、主イエスご自身の体と血を表すパンとぶどう酒が分かち与えられる、そういう特別な食事として、主ご自身が導かれました。この食事は、主イエスがまさに〈主〉として、その食事のテーブルマスターとしてお導きになる、〈主の〉晩餐なのです。

(2、復活の主と共にする食事としての聖餐)
 この〈主の晩餐〉が行われた部屋は、エルサレムのとある宿屋の二階の広間でした。この家とこの部屋について、多くの人が推測をしていることがあります。この家は、使徒言行録12:12に出てくるヨハネ・マルコという人の家だったのではないか、ということです。このヨハネ・マルコという人は、これも推測ではありますけれど、このマルコによる福音書を書いたマルコのこと、そのように伝統的に考えられている人です。
 14:13に、この部屋に弟子たちを案内した「水がめを運んでいる男」が出てきますが、この「水がめ」というのはアラム語でマルコーシュと言うのだそうです。それでこの「水がめの男」というのが、実はこの福音書を書いたマルコ、使徒言行録に出てくるヨハネ・マルコだったのではないか、そしてこのマルコの家の二階座敷で、この主の晩餐、最後の晩餐が行われた。マルコはその食事の様子を目撃することができていた、そんなことも想像されるのです。この推測は、古く6世紀ごろからあったようで、こう推測する人は少なくないようです。
 また、この二階の広間は、主イエスが十字架につけられて殺された後、11人の弟子たちが身をひそめるように集まっていた部屋でもあったのではないか、そう想像する人もあります。家のすべての戸に鍵をかけて息をひそめていた弟子たちのところに、復活された主イエスが現われ、弟子たちの真ん中に立って「あなたがたに平和があるように」と言われた(ヨハネ20:19)、その部屋がこの二階座敷だったのではないか。そしてさらに、この家は、使徒言行録1章~2章で、使徒たちが共に集まって祈っていた二階座敷のある家、弟子たちに聖霊が降り、教会の歩みが始められた家、エルサレム教会発祥の家、そのように推測されるのです。
 これらのことはあくまでも推測です。けれども、最後の晩餐が行われた部屋は、復活の主イエスが弟子たちに現われてくださった部屋、そして恐らくそこで、復活の主と弟子たちとの食事もなされたであろう部屋であり、そしてペンテコステの出来事があった部屋でもあったのでは、という推測は、この最後の晩餐・主の晩餐が、復活の主イエスとの食事をも映すものであるということを裏打ちする、興味深く、また意義深い推測だろうと思います。お甦りになった主イエスは、40日に渡って、弟子たちに現われて「食事を共にした」ということが使徒言行録1:4に記されています。復活された主は、最後の晩餐のときと同じ部屋で、同じように「パンを裂き」、弟子たちと共に食事をされた。弟子たち・使徒たちにとって〈最後の晩餐〉を思い起こすことは、復活の主と共にした食事を思い起こすことでもあった。このことは、確かなことでありましょう。
 〈主の晩餐〉は〈復活の主の晩餐〉をも意味するのです。これはとても大切なことです。ペンテコステの出来事の後も弟子たち・使徒たちは共に集まるたびごとに「パンを裂き」ました。主の晩餐・主の食卓を共に囲んだのです。そして教会は、この主の晩餐・主の食卓を共に囲むことを中心とした交わりとして歩み、成長していったのです。教会というのは、共に集まり、パンを裂く、主の食卓・主の晩餐を囲む群れ、〈十字架と復活の主の〉食卓・その〈主の晩餐〉を囲む群れなのです。
 〈主の晩餐〉の食卓を囲むことで、教会はいつも、復活の主との生き生きとした交わりに生きました。教会は、復活の主がいつも共にいてくださる、その霊的現臨の喜びを中心として歩み始め、歩み続け、成長したのです。最後の晩餐が、弟子たちにとって〈忘れ得ぬ食事〉であったのは、その食事が〈十字架と復活の主の〉晩餐として思い起こされ続けたからであったと言えるのです。

(3,裏切りの食卓としての聖餐)
 けれども弟子たちにとって、この〈忘れ得ぬ食事・主の晩餐〉は、そのような喜ばしい食事というだけのものではありませんでした。この食事を思い起こし、繰り返し祝うことは、弟子たちにとって、痛切な深い痛みを伴うものであったに違いないのです。
 この食事が始まったとき、主イエスがすぐにおっしゃったのは〈裏切りの予告〉でありました。14:18です。「あなたがたのうちの一人で、私と一緒に食事をしている者が、私を裏切ろうとしている。」これを聞いた弟子たちは「心を痛めて「まさか私のことでは」と代わる代わる言い始めた」と記されています(14:19)。この食事の思い出は、弟子たちにとっては心痛む記憶でもあったのです。「「まさか私のことでは」と代わる代わる言い始めた」。これはこのとき裏切りの心を内に秘めていたのはイスカリオテのユダだけではなかったことを示します。皆が心の中に、自分も主を裏切るかもしれないという思いを持っていたのです。そして実際、弟子たちは皆この後「イエスを見捨てて逃げて」(14:50)しまう。皆が主を捨てる。主に背を向ける。皆が主を十字架へと引き渡す。主を殺すのです。
 この食事は弟子たちに、自分たちの罪を思い出させるものでもありました。この食事の席で、ユダだけではなく、弟子たち皆の、裏切りの心、その心深くに隠していた罪が、明らかにされ、暴かれたのです。主イエスご自身がそれをなさったのです。
 どうして主イエスは、この最後の食事の席でご自分がお選びになった弟子たちの中に裏切り者がいる、などということを暴かれたのだろうかと思う方もあるかもしれません。こっそりユダだけを呼んで、こんなことはおやめなさいと忠告してあげればよかったのではないか、そう思われる方もあるかもしれません。けれど、主イエスは、「あなたがたのうちの一人」「十二人のうちの一人」が私を裏切る、そうはっきり言われました。そして、十二人皆の、弟子たち皆の心の中にある裏切りの思いを、明るみに引き出してしまわれました。どうして主イエスは、ここで、そんなことをなさったのか。
 このことについて、ある人がこういう意味のことを言うのです。〈最後の晩餐は、罪人の救いのための晩餐である。罪人の救いを、明らかにするための晩餐である。したがって、そこに、裏切る者がいることが明らかにされる必要があった。〉つまりここで、罪人の罪が徹底して明らかにされなければならなかったということです。さらにこうも言われる。〈ここに、ユダが、いなければならなかった。もし、ユダがいなかったならば、ほかのだれ一人も、救われない〉と。人間の罪を徹底的に赦すために、主イエスは、人間の罪が徹底的に明らかにされることをお望みになり、それをなさったのです。そしてこのようにして、主は、私たちすべての者の罪を引き受けられたのです。ユダの罪を、弟子たちの罪を、そして私たちすべての者の罪を引き受けて、その体を裂き、血を流す。それを表したのが、主の晩餐であったのです。主の晩餐にあずかるとき、私たちは、自分の罪を知らされる。その闇の深さを思わされる。そして悔い改めを促されるのです。

(4,十字架の意味を告げる食事としての聖餐)
 この食事は、主イエスの十字架の意味を明らかに示す食事です。聖餐は、私たちに主の死の意味を告げ知らせるのです。「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してそれを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これは私の体である。」また、杯を取り、感謝を献げて彼らに与えられた。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた。「これは、多くの人のために流される、私の契約の血である。」
 主イエスは、ひとつのパンを取り、それを裂いて、弟子たちに分け与えられました。そして言われました。「取りなさい、これは私の体である。」「体」というのは、聖書の考え方から言いますと、その人の全部、ということを意味します。裂いて分け与えられるのだからいただくのは主の体の一部分、自分がいただく分など主の指さきのほんのかけら、ほんのちょっとの恵み、そんなふうに思ったりすることがあるかもしれませんが、そうではないのです。「これは、私の体」と裂き与えられるパンのかけらは、主ご自身、そのいのちそのものです。主のいのちの全部なのです。主は、罪深い、主を裏切る者のために、ご自身のいのちを全部与えてしまわれる。罪人が滅びないで生きるようになるためです。
 私たちはこの主のいのちをいただく。主のいのちそのものをいただく。これは、信仰をもっていただくほかないことです。信仰をもっていただくのでなければ、分け与えられるパンは、ただのパンのかけらでしかないのです。
 続けて与えられた杯は、主が「多くの人」—これは〈すべての人〉という意味を含む言い方と言われます―、すべての罪人のために流される血を表す。血を飲むということは、旧約において忌み嫌われることでありました。私たちも血を飲む、と聞けば不気味なこと、気持ち悪いことと思うでしょう。実際キリストの教会は、人肉を食らい、血を回し飲みする集団だとして、迫害を受けることもありました。
 けれどもこの「血」は、罪が過ぎ越されるために犠牲の小羊として殺された、あの過越の小羊そのものである主イエス・キリストの血をあらわすのです。屠られた小羊である主の血を飲むということは、この罪深い身がきよめられ、罪が赦される、罪が過ぎ越される、ということを意味するのです。
 またこの「血」は「私の契約の血」と言われています。主イエスが肉を裂き血を流してくださったことによって、神は新しい契約を結んでくださった。それを表す「血」でもある。先ほど読みましたエレミヤ書第31章の「新しい契約」がここで実現されているということです。「私がイスラエルの家と結ぶ契約はこれである――主の仰せ。私は、私の律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心に書き記す。私は彼らの神となり、彼らは私の民となる。…私は彼らの過ちを赦し、もはや彼らの罪を思い起こすことはない。
 主の血を飲むということによって、ここに言われている新しい契約が私たちの内に実現する。すなわち、罪を赦され、心の中に主の律法の言葉が書き記され、新しい神の民とされる。主の晩餐・聖餐にあずかる者たちは、ここに、新しい神の民を形づくる共同体を形成する者たちでもあるのです。

(5,死を超える食卓としての聖餐)
 そして最後に主はこう言われました。「よく言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」謎のような言葉です。けれど難しいことが言われているわけではありません。主イエスは、この主の晩餐・聖餐は、「神の国で新たに飲む」その日の食卓を待っている、そういう食卓、食事だと言われたのです。この聖餐の食卓は、「神の国で新たに飲むその日」につながっている、救いの完成の日に父なる神と主イエスと共に完全な喜びの杯をいただく、その祝いの食卓につながっている、その前味を味わうような食卓である、ということです。
 昔教会学校でこういうお話をしてくださった先生がありました。私たちには三つの誕生日がある、というお話です。一つ目の誕生日は、私たちみんながいただいている、このいのちを与えられた、この世に生まれた、その誕生日です。二つ目の誕生日は、私たちがイエスさまを信じる信仰をいただいて、洗礼を授けられ、イエスさまの弟子、イエスさまの兄弟姉妹、そして神さまの子どもとして新しく生まれた〈受洗記念日〉という誕生日です。
 この二つ目の誕生日を与えられた者たちは、毎週日曜日に礼拝に集い、神さまの言葉を聞き、聖餐にあずかって、イエスさまの血と肉をいただく。だいぶ前になりますが、尚志牧師が「教会に生きる私たちは実際に、血を分けた兄弟姉妹たちだ」という話をしたことがありました。「え?」と思って聞いていましたら、続けてこう言いました「私たちはイエスさまの血を分けた兄弟姉妹。その意味で、ほんとうに血を分けた兄弟姉妹だ」と。そのとおりです。
 この二つ目の誕生日をいただいた者たちは、この地上のいのちをイエスさまの血を分けた兄弟姉妹として、イエスさまのいのちの食卓に共にあずかり続けながら、新しい神の民として、神の家族として、教会に生きていくのです。
 そして三つ目の誕生日です。それは、天国、神の国に生まれる誕生日。つまり、死ぬ日のことです。英語の言い方に、born in eternity〈永遠の中に生まれる、永遠のいのちに生まれる〉という言い方があるそうです。死ぬということを〈永遠のいのちに生まれる〉と言い表す。死は、信仰者にとって人生の終わりではない、ということです。イエスさまと父なる神さまの御国、そのご支配が完全になっている御国に生まれること、死は三つ目の誕生日。そして、その神の御国に生まれた者たちが、イエスさまと父なる神さまと共に、主の食卓、いのちの食卓、永遠のいのちの食卓にあずかり、その祝宴を喜び祝う。聖餐というのは、死を超えて祝う、いのちの食卓であるのです。

 この食事は、弟子たちにとってまさに〈忘れ得ぬ食事〉でありました。そしてこの主の晩餐・聖餐にあずかる私たち一人ひとりにとっても、この食事は、毎週与るこのいのちの食卓は、〈忘れ得ぬ食事〉、かけがえのない大切な食事であるはずです。そのことを心に覚えながら、毎週の聖餐にあずかりたいと思うのです。そして、まだ洗礼を受けておられない方々が、この赦しの食卓、いのちの食卓に、新しい神の民・神の家族の食卓に、共にあずかる者となってくださることを切に願うものです。