2026年4月26日 主日礼拝説教「天の国は近づいた」 東野 尚志 牧師
イザヤ書 第9章1~6節
マタイによる福音書 第4章12~17節
「悔い改めよ。天の国は近づいた」。先ほど讃美歌228番で歌いましたように、ガリラヤの風かおるあたりに、主の御声が響きました。その時からすでに二千年の時が流れています。しかし、主イエスは、二千年の時を貫いて、この朝、私たちにも語りかけてくださいます。「悔い改めよ。天の国は近づいた」。それは、二千年の時を経ても古びることのない喜びの知らせです。救いの言葉です。他の誰でもない、私たちすべての救い主である主イエス・キリストが告げてくださる言葉を、この朝、しっかり聞きとりたいと思います。
主イエスは、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けられた後、荒れ野で四十日四十夜の断食を経て、悪魔の試みを受けられました。けれども、三度にわたる悪魔の誘惑を、すべて旧約聖書の申命記の言葉によって退けられました。悪魔の誘いをきっぱり退けて、父である神さまの御心に従う十字架への道、救いの道を貫かれたのです。そして今や、公に伝道のわざをお始めになります。その第一声がガリラヤの地に響きました。
ここから始まる主イエスの歩みを、公生涯、公の生涯と言い表すことがあります。それまでおよそ30年の間、主イエスは、家族や故郷の人たちの間で過ごして来られました。この時を境に、喜ばしい知らせを告げる第一声と共に、主は公に、人々の前にご自身を現わされます。ここからおよそ3年後には、十字架にかけられ、殺されることになります。主イエスの公生涯は最後のわずか3年間です。新約聖書に収められている四つの福音書はすべて、主イエスの地上の歩みの最後の3年間のことを、集中的に語ろうとしているのです。
福音を告げる主の第一声が響きわたったのは、ガリラヤの地、カファルナウムの町でした。福音書はそのいきさつについて、次のように記します。「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを去って、ゼブルンとナフタリとの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた」(12~13節)。主イエスの伝道のわざは、不思議な仕方で洗礼者ヨハネの活動と結びつけられています。この朝、私たちが耳にした、天の国の到来を告げる言葉も、実は、すでに第3章の初めのところで、洗礼者ヨハネによって告げられています。
第3章1節と2節にこうあります。「その頃、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝えて、言った。『悔い改めよ。天の国は近づいた。』」。「悔い改めよ。天の国は近づいた」。主イエスが公生涯の初めに告げられた言葉は、ヨハネが告げた言葉と、逐語的に同じです。なんだ、ヨハネの二番煎じか、ということではありません。ヨハネは、救い主、メシアの先駆け、先駆者として現れました。来るべきメシア、主イエスのために道を備える務めを担いました。洗礼者ヨハネが、荒れ野で叫ぶ声として先触れをしました。主イエスは、その言葉を成就する方として来られたのです。実は、今日のところでもまた、洗礼者ヨハネと神の子イエスの深い結びつきがはっきりと示されています。
もう一度、第4章12節の言葉をご覧ください。私たちの聖書にはこう記されています。「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた」。かつての口語訳聖書もだいたい同じように訳しています。新共同訳聖書も、新改訳2017も、カトリックのフランシスコ会訳聖書なども、ほぼ同じように「ヨハネが捕らえられた」と訳しています。もちろん、それで間違いではありません。しかし、以前、岩波書店から出た翻訳のシリーズ、ギリシア語原典に忠実に訳すことを目指したシリーズの中では、こんなふうに訳されていました。「さて、彼はヨハネが引き渡されたと聞いて、ガリラヤへ去って行った」。3人称男性単数の代名詞を直訳して、イエスさまのことを「彼」と呼ぶのだけは抵抗がありますが、全体としてはよい翻訳だと思います。多くの聖書が「捕らえられた」と訳している言葉、それはもちろん間違いではないのですけれども、その本来の意味は、「引き渡す」「引き渡された」ということなのです。
実は、同じ言葉が、他の箇所では、「引き渡された」と訳されています。例えば、同じマタイによる福音書の20章18節、主イエスの言葉です。「今、私たちはエルサレムへ上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を嘲り、鞭打ち、十字架につけるためである」。27章1節、2節「夜が明けると、祭司長たちと民の長老たち一同は、イエスを殺すために協議した。そして、イエスを縛って連れ出し、総督ピラトに引き渡した」。同じ27章の26節「そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した」。
イエスさまは、祭司長たちや律法学者たちに引き渡され、異邦人に引き渡され、総督ピラトに引き渡され、そして最後は、十字架につけるために引き渡されるのです。初代教会においてすでに、この「引き渡す」という言葉は、主イエスのご受難を指す用語として特別に用いられていたと言われます。福音書よりもずっと早い時期に書かれたパウロの手紙の中で、すでに印象深い響きで用いられています。私たちが、聖餐を祝う度に聞く聖餐制定の言葉です。「私があなたがたに伝えたことは、私自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りを献げてそれを裂き、言われました」(1コリント11章23~24節)。誰が引き渡すのかも記さないままで、受け身の形で「引き渡される夜」と語られます。確かにその都度、誰かが誰かに主イエスを引き渡したはずです。けれども、突き詰めれば、神ご自身が独り子である御子イエスを十字架の死に引き渡した。そこに、神の救いのご計画があったということを暗示するのです。
福音書を記したマタイも、それをよく知っていたに違いありません。その上で、何の断りもなく、さりげなく、「イエスは、ヨハネが引き渡されたと聞き、ガリラヤに退かれた」と記しました。ここでもヨハネは、救い主の先駆けとして、その受難を暗示しているのです。悪魔の誘惑をきっぱりと退けて、今や救いの道を宣べ伝えようとするそのとき、私たちの救いのために、救い主がどのような道を行こうとしておられるのか。それを、マタイは、洗礼者ヨハネの運命に重ね合わせながら暗示したのです。それは十字架へと続く道です。敵を蹴散らして、華々しく凱旋する道ではありません。十字架に引き渡され、殺される道です。主イエスご自身が、その伝道の第一声を発する前に、すでにそのことを見据えておられたことを証しするのです。
「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた」。なぜガリラヤに退かれたのでしょうか。「退く」という言葉から受ける印象としては、ヨハネが逮捕されたことを聞いて、わが身の危険を感じ、難を避けるために一時身を隠したというような感じを抱くかもしれません。主イエスもヨハネの仲間だと思われていたら、その身にまで危険が及ぶことは十分考えられました。けれども、それだと筋の通らないことが一つ残ります。ガリラヤというのは、ヨハネを捕らえたヘロデ・アンティパスのお膝元ですから、わざわざそこへ退いたというのでは、逃げたことにならないのです。ここで「退いた」という言葉を用いたのは、ガリラヤが地理的に言っても、緑の深い田舎であったことから、田舎に引きこもるような意味で「退いた」と言ったのではないかと考える人もいます。あるいは、もっと過激なことを言う人もいます。主イエスがガリラヤに退かれたのは、ヨハネを逮捕したヘロデ・アンティパスに対する挑戦である。逃げたどころか、わざわざその目の前に出ていって伝道を開始することで、理不尽な権力者に対する批判の姿勢をはっきり示されたのだと言うのです。権力と戦う主イエスの姿を反体制運動の旗印にしたい人たちにとっては、とても都合のよい解釈ということになるかもしれません。けれども、実は、この「退く」という言葉はここで初めて用いられたわけではありません。マタイがこの「退く」という言葉を、主イエスについてどのように用いてきたかを振り返ってみますと、私には、もう少し別の意図があったように思えてなりません。
第2章には、クリスマスの物語の最後に、不穏な出来事が記されています。新しい王が生まれたと聞いて、ヘロデ王は自分の王としての地位を守るため、幼子を殺そうとしたというのです。その時、夢で天使のお告げを受けたヨセフは、夜のうちに幼子と母マリアを連れてエジプトへ退いた、といいます。神の家族がエジプトに退かれたのです。やがて、ヘロデが死んで危険が去ったとき、ヨセフはまた夢で主の天使のお告げを受けて、エジプトを出てイスラエルの地に入ります。けれども、へロデの息子が後を継いでいると聞いて恐れていると、また夢のお告げを受けて、ガリラヤ地方に退いて、ナザレという町に住むようになったというのです。それで、主イエスは「ナザレの人」「ナザレ人」と呼ばれるようになるわけです。それぞれの記事において、印象深いのは、いずれの場合にも、ヨセフは夢のお告げに従って、その住むところを移しているのです。幼いイエスと母マリアを守る立場に立ったヨセフは、夢でお告げを受けて、それに聞き従った。神さまの導きに従ってエジプトへと退き、また神さまの導きに従ってガリラヤへと退いたのです。そういう背景の中で、今、主イエスが、ヨハネ逮捕の知らせを受けてガリラヤに退かれたという記事を読むとき、そこにも、神さまのご計画に対して、主イエスが従順に従って、身を処しておられる、そういう主のお姿が浮かび上がってくるように思います。
さらにまた、ナザレを去って、カファルナウムに住まわれたというのもそうです。ナザレというのは、主イエスにとっては、故郷といってよい町でした。故郷という言葉で皆さんはどのようなイメージを描かれるでしょうか。故郷にとどまり続ける人は少ないのかもしれません。私自身は、緑深い田舎、京都府綾部市というところで生まれ育ちました。故郷といえば、この綾部の町を思い起こします。高校生になってからは、綾部から遠く離れておりました。実は、牧師になってから一度だけ、訪ねたことがあります。綾部にある丹陽教会という教会から伝道集会に呼ばれたのです。とても懐かしく思いました。故郷にはやはり、自分自身のルーツがあると感じました。自分の小さい頃のことをよく知っている人たちも大勢いるのです。
主イエスご自身にとって、ナザレは、幼いときに移り住んで以来、30歳になるまでずっと過ごして来られた故郷でした。その故郷であるナザレを去った、というのです。ここで「去った」と訳されている言葉は、しばしば聖書の中では、かけがえのない父と母の元を離れるという意味で用いられ、また、自分の努力の結果築き上げた財産をすべて捨て去るという意味で用いられています。主イエスは今、神のわざのために立とうとするとき、それまで自分の支えとなっていた人間的な前提をすべて捨て去ってしまわれるのです。家も財産も父も母も、すべてを捨てて、ただ神の前に立とうとなさいます。人間的な拠り所を象徴するような故郷を捨て去る覚悟を持って、神のご計画の中に身を置かれるのです。聖書は、父なる神の御心に従って、引き渡され、十字架の上で殺されるとしても、その道を全うしようとされる神の子イエスの姿を描いています。御子は、一切の人間的な支えを捨てて故郷を離れ去り、住まわれたのがカファルナウムというガリラヤ湖畔の町であったというのです。
カファルナウムという町は、ガリラヤ湖の北に接しており、東西にのびる重要な道路に面していました。いろんな商売人たちが行き来します。いろんな宗教を持ち込んできます。かなり大きなユダヤ教の会堂の遺跡があるそうですが、そこにはいろんな動物や幾何学的な模様が刻まれていて、まさに異教的な魔術的な影響を受けた証拠がありありと残っているそうです。律法に厳格なファリサイ派の人たちは、この町を、異教的な分派の座と見ていたとも言われます。主イエスはそういうところへ出ていって住まわれたのです。父なる神のもとを離れて、異境の地である人間の中に住まわれたことと重なり合うように、故郷であるナザレを捨てて、カファルナウムに住まわれるのです。そうであればこそ、福音書記者は、そのような主イエスのお姿において、旧約聖書の預言が成就していることを見て取ったのだと思います。預言者イザヤの言葉を自由に引用して告げています。4章の15節と16節です。「ゼブルンの地とナフタリの地 湖沿いの道、ヨルダン川の向こう 異邦人のガリラヤ 闇の中に住む民は 大いなる光を見た。死の地、死の陰に住む人々に 光が昇った」。
「異邦人のガリラヤ」という呼び方には、軽蔑的な響きが込められていました。紀元前8世紀に、アッシリアによって北王国イスラエルは滅ぼされ、人々はアッシリアへと捕らえ移されます。その後も、バビロニア、ペルシア、マケドニアをはじめとする諸外国の支配下に置かれ続けた土地でした。異民族の支配下に置かれ、混血も進み、文化的に見ても、純粋なユダヤの教えからかけ離れてしまっていたに違いありません。さげすまれ、差別された者たち、暗闇の中に住んでいた民の所に、光が射し込んだ、とイザヤは預言して言いました。異邦人のガリラヤ、異教的な中にあるカファルナウムに、今、主イエスが住まわれたことによって、光が届いた。闇の中に光が昇ったというのです。
このイザヤの預言のもとになっている箇所が、合わせて読みましたイザヤ書第9章1節と2節です。少し長く6節まで読んだことで、事柄はよりはっきりしたと思います。この箇所は、ヘンデルのメサイアにおいても歌われます。クリスマスの預言として歌われるのです。それはちょうど、主イエスがナザレからカファルナウムへ移り住まれたということが、神の独り子が愛する父の元を離れて地上にお生まれになったのと重なり合うように、クリスマスの預言としても響くのです。光の届かなかった闇の世界。それは、異邦人のガリラヤだけではありません。カファルナウムだけではありません。私たちの国もそうです。いや何よりも、私たち自身が闇の中に住む民であり、死の陰の地に住む者であると告白せざるを得ないのではないでしょうか。いや闇の中に住んでいるというよりも、私たち自身の心の中に闇があります。人にも言えない。神の目からも隠しておきたい闇があります。そして、まるでそれを隠しおおせているかのように思っている。しかし、私たちの心にある闇が、私たちの造る社会をも暗くしているのです。世界を暗くしているのです。聖書はそれを罪と呼びます。まことの造り主である神を神とせず、自らを神とする罪であると説きます。私たちは、その罪ゆえの暗闇の中にいるのです。そして、暗闇の中でぶつかり合い、お互いを傷つけたり、傷つけられたりしながら生きている。
また私たちは、死の地、死の陰に住んでいます。私たちはひとりの例外もなく、いつか必ず死ぬのですから、私たちの人生は死の陰のもとにあると言わざるをえません。普段はその事実を見ようとしないで、目を逸らしながら生きています。けれども、次第に年老いて行く中で、死が近づいてくることを意識させられます。あるいは、年若くても、思いがけない病にかかって、死の陰が深くなるのを感じることがあります。死の恐れに捕らわれてしまうこともある。自分自身は元気であっても、家族や親しい者たちが死の陰に覆われてしまうこともあります。私たちの日々の歩みは、罪による闇と死の陰のもとにおかれているのです。しかし、その闇と陰の中に生きている私たちに、光が昇りました。主イエスが来てくださったのです。主イエスは、私たちの罪を取り除くために、悪魔の誘惑をきっぱりと退けて、十字架の道を選び取ってくださいました。ヨハネが引き渡された、その事実をしっかりと見据えながら、その後に続くように、ヨハネが告げた言葉を、改めて、主が来られたことによって成就される言葉として宣べ伝えられるのです。
「その時から、イエスは、『悔い改めよ。天の国は近づいた』と言って、宣べ伝え始められた」。天の国というのは、私たちの望みがすべて実現する楽園のような天国のことではありません。天というのは、神の言い換えです。国というのは、支配のことです。主イエスがおいでになり、十字架による贖いを通して、私たちを罪と死の支配から解き放ってくださいました。そして、私たちを、神の恵み深い命の支配の中に移してくださいました。主イエスの十字架の苦しみと死によって、罪の闇に閉ざされ、死の陰のもとに捕らわれた世界に、救いの光が与えられたのです。父なる神は、十字架にかけられ殺された主イエスを、死人の中から復活させてくださいました。主イエスの復活によって、死の力は打ち破られ、復活の命の光が輝いたのです。今や、私たちを支配するのは、死の陰ではなく、命の光です。「天の国は近づいた」。この主イエスによる宣言は、命の光の到来を告げる勝利の宣言です。主イエスにおいて、命と愛の支配が、私たちのところに来ているのです。
そのようにして、確かな救いの道が開かれたからこそ、主は私たちに、「悔い改めよ」と呼びかけてくださいます。「悔い改める」というのは、ただ単に、過去を反省して心を改めるということではありません。この言葉の本来的な意味は、向きを変えるということです。神に向き直るということです。私たちは、自分が抱えている不安や恐れ、苦しみや悲しみに捕らわれていてはなりません。悪魔は繰り返して、私たちを、罪の闇と死の陰の支配の中に引き戻そうとします。しかし、すでに光が昇り、私たちの救いが現れたのです。光の方に顔を向けて、しっかりと神に向き直ることが求められています。それこそが、私たちのなすべき悔い改めなのです。
まずはこの礼拝において、しっかりと神に向き直ることから始まります。そして、神の御前に立ち、神に向き直って生きることを味わった者たちが、礼拝の場から送り出され、それぞれの遣わされた場で、神に向き直った者として生きる。なおも罪の闇と死の陰が力を奮っているかに思われるこの世のただ中に、神の恵みの光を照り返すようにして生きる。私たちが変わるなら、世界は変わります。悪に悪をもって返すのではなく、憎しみに憎しみをもって応えるのではなく、闇を光に変える命の力を受けて、赦し、愛し、仕える者として生きる。十字架と復活の主に従い行く者として、救いの光に照らされながら、光に向かって生きる者でありたいと願います。

